映画『葬送のカーネーション』ー映画評論家 暉峻 創三による解説
心の奥に傷をしまいこんだ少女とその祖父が、祖父の妻の亡骸と共にトルコの南東アナトリア地方を旅していく。目指すのは、国境の向こう側の故国。難民である祖父は、愛する妻の遺体を故郷の地に埋葬することを約束していた。
同じくトルコを舞台に、少女がその父と過ごした2人きりの旅の日々を描いて世界の称賛を浴びた「aftersun アフターサン」とは対照的に、「葬送のカーネーション」の少女とその祖父の2人きりの旅には、陽光のきらめきも、豪奢な環境も、苦難とは隔絶した甘美な時間も、ない。終始落ち着いた空気感のなか、時に雪にも覆われるほど寒々として、荒涼とした土地を、着の身着のままヒッチハイクを重ねながら、彼らは旅を続けていく。
戦争の記憶も生々しい故国には戻りたくない少女と、何としても妻の亡骸を故郷に連れ帰りたい祖父。会話らしい会話もない2人の間にも、冷えた空気感が漂う。しかも遺体を入れた棺桶を携え緊張した国境地帯へと向かう彼らは、想像を絶する幾重もの困難に立ち向かわねばならない。映画は、そんな2人の旅を通じて、やがて少女が少し大人になり、祖父との関係性にも微かな変化が訪れるところまでを、描き出していく。
このシンプルにして力強く独創的な作品を生み出したのは、トルコの新鋭、ベキル・ビュルビュル。ヌリ・ビルゲ・ジェイラン(59年生まれ)、ゼキ・デミルクブズ(64年生まれ)、さらにドイツ拠点のファティ・アキン(73年生まれ)らの活躍も含め、とりわけ2000年代以降世界的に大きな注目を集め始めたトルコ映画の次代の旗手となることが期待されている、78年生まれの新世代監督だ。監督デビュー作となる短編ドキュメンタリー"Bulger Mill"(16)では老人を主題に据え、長編監督デビュー作"My Short Words"(18)では自転車で"旅"をする少年たちを主題とした彼が、老人、子供、旅という親しみ深い題材を統合するかのように仕上げた最新作が、長編監督第2作となる「葬送のカーネーション」である。
苛酷な現実のリアルで虚飾なき描写の積み重ねの果てに、突如夢幻的、魔術的とも見える光景が出現する斬新で寓話的な構成。台詞による説明描写を極力避け、人の挙動や表情、小道具、そして風景の力で多くを語らせる映画的演出。遺体も含めた主人公たちの寡黙さとは対照的に、彼らが通りかかる土地の人々からラジオ放送まで、周縁的存在に大多数の台詞を付与する非一般的な脚本美学‥‥‥。先鋭的で強烈な作家性を世界に印象付ける一作が登場した。
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