2017年、桜の花が咲く頃、日本に帰国した。韓国には途切れ途切れながら、足掛け20年ちかくいた。今回は1999年2月に渡韓したので、18年ほど住んだことになる。 渡韓後、最初の1年ほどはソウルの、韓国で「学院」と呼ばれる語学学校で働いた。その後、半島最南端の釜山に引っ越し、大学院に通いながら、領事館の非常勤講師を。大学院を終えてからは、釜山の、日本いうなら短大にあたる教育機関で教壇にたっていた。 履修学生とは、1学期が約4か月ほどで、週に50分の授業が4コマか5コマ
その日も、朝起きるといつもとおなじように、上の階にある下宿の食事をとる部屋にごはんを食べに行った。なぜ、その部屋が上にあるかというと、🐇谷の部屋は、半地下だったから。当時は日本でなく、韓国に住んでいた。韓国では半地下の部屋は珍しくなかった。 食事をとる部屋に行き、ご飯を食べていると、🐇谷と同じく延世大の韓国語学堂に通う日本人から、「朝はやく、電話があってねえ、神戸で地震があり、燃えてるって」という話を聞いた。後に阪神淡路大震災と呼ばれることになる大地震のことだった。
メタモルフォーゼという言葉をご存じだろうか。調べてみると、ドイツ語で、変身や変化を意味する言葉のようだ。 「先生、お久しぶりです」と関釜フェリーのスタッフが船の出入口で迎えてくれる。こちらも、「元気そうですね」と応じる。 🐇谷が、関釜フェリーに乗船した時に交わす会話の一コマである。 2016年度まで、韓国は釜山にある学校で、日本語を教えていた。所属していた学科は、日本語を主に学ぶ学科で、卒業後、学生は日本語を使う企業に就職する者が、珍しくなかった。免税店やホテル
「先生はひとりですか」とか「先生は独身ですか」とか「ひとりで暮らしていて、さびしくありませんか」といった質問。 正直、この手の質問を、韓国で教壇に立っていた頃、学生から何度されたことか。 追い打ちをかけるように、「わたしがいい相手を紹介しましょう」とか 「韓国人の異性がいいですか、日本人の異性がいいですか」とまるで結婚相談所の職員ような質問を、学習者である中年女性から、何度も尋ねられたことすらある。 かように韓国人は「ひとり」であることに対して、日本人である🐇
○○さん「東京から大阪まで、新幹線でどれくらい時間がかかるか、知っていますか」 韓国の学校で、教壇に立っていた頃、学生によくした質問である。質問された学生で、ただしく答えられた者は、半分もいなかった。 その質問には「じゃ、ソウルから釜山までは、KTXでどれくらい時間がかかりますか」と続きがある。 KTXは、新幹線の韓国版のような存在。さて、みなさんは、どれくらいかかるか、ご存じだろうか。 答えは速い列車だと、約2時間半、時間のみでいうと東京新大阪間の「のぞみ
足掛け20年ほど住んでいた韓国。だが、牛カルビなんて、両手で数えられるほどしか食べたことがない。しかも、食べたのは、すべてお呼ばれであった。 牛カルビといっても、米国産や豪州産という輸入牛肉もあれば、韓牛と呼ばれる国産牛肉もある。 日本に和牛があるように、韓国にも、韓牛と呼ばれる在来種の国産牛がある。和牛とおなじく、たいへん値が張る牛肉である。ご馳走である。 その韓牛のカルビなんぞ、片手でも余るほどしか、食べたことがない。 カルビ、日本人にとっては、韓国料理
みなさんは、韓国にも、「うどん」があるのをご存じだろうか。 日本が、かつて朝鮮半島を統治していたことで、日本の料理が入ってきた。統治が終わった後も、現地に定着して、今の韓国でも引き続き食べられている料理のひとつである。 そういった料理には、時間の経過とともに現地化が進み、オリジナルの料理とは、違ってくるものが多々ある。 たとえば、韓国風の巻き寿司である「キムパㇷ゚」だ。韓国語で、キムは海苔、パㇷ゚はごはんを意味する。 この「キムパㇷ゚」は、海苔にごま油を塗
韓国料理しか出ない。 日本人や在日コリアンといった日本文化圏、またそれ以外の文化圏の外国人が多い下宿はどうだったのか知らない。 🐇谷のように、韓国人の大学生や若い会社員など、外国人が少なかった下宿では、出る料理は韓国料理だけといっても言い過ぎではなかった。90年代中頃のことである。 下宿では、朝夕の食事が出た。 朝ごはんは、韓国語でコンナムルという豆もやしのスープに、ケランプライという目玉焼き。そしてキムチや海苔に代表されるミッパンチャンと呼ばれる常備菜のお
「🐇谷さん、ここはねえ、チャヂャン麵の出前も来ないんだよ」 と、日本語教師の友人はいった。今からかれこれ20年ほど前のことである。 「チャヂャン麵の出前が来ない」 その友人が暮らしていたところは、人里離れた山の中の大学の寄宿舎であった。「チャヂャン麵の出前が来ない」だけのことはあったのだ。 言い換えれば、韓国の出前は、どこでも、いつでも、註文すると料理を持ってきてくれるということでもある。 実際、日本ではあまり見かけないであろう光景を何度も見かけたことがあ
「餃子はサービスです」 中華料理店の出前持ちはそういった。 そう、中華料理店の餃子は、註文して食べる料理というより、こうしてサービス品として提供されることが多いのではないか。 韓国で中華料理というと、お店に行って食べることもあるが、むしろ出前を頼むことが多いような。どちらにしろ、韓国料理以外で身近な料理にちがいない。 ここで、韓国の中華料理店のメニューについて説明を加えておく。日本の中華料理店と明らかに異なる点があるからなのだ。 メニューは、大きく分けると「料
みなさんに質問です。最後に手紙を書いたのは、いつだかおぼえていますか。 即答できるかたも、出来ないかたも、いたかと思います。 🐇谷は、最近でこそ手紙は書かなくなった。しかし、はじめて韓国での長期滞在となった慶州では、ずいぶんと書いていた。なぜ、そんなに書いていたのか。 それは慶州という環境がそうさせたに違いない。慶州は、韓国の南東部に位置し、ソウルからだと、最速の特急だったセマウル号に乗っても、4時間ほどかかった。 新羅時代の都で、町の中には当時の遺物であ
韓国にも中華料理はある。その韓国中華で、麵料理の双璧といえば、チャヂャン麵とチャンポンだろう。 今回はそのひとつであるチャジャン麵から、韓国人の世代間ギャップを探ってみたい。 さて、チャヂャン麵は、細かく刻んだ豚肉と玉ねぎなどの野菜を、チュンジャンと呼ばれる黒味噌で炒め、その炒めたものを茹でた麺玉の上にかけた料理である。よってスープはない。 日本の中華料理店でも、まれにあるヂャーヂャー麵を想像していただけるとよいかと思う。 そのチャヂャン麵、値段は🐇谷が韓国
90年代の半ば、ソウルは新村の下宿に暮らし、外国人や在日コリアンといった海外在住の韓国人を対象に韓国語を教える韓国語学堂に通っていた。 語学堂の授業はお昼で終わり、昼食を済ませた後の午後からは、その語学堂の母体である大学の図書館で勉強するのが日課だった。 図書館で長い間勉強していると、やはり疲れてくる。休憩するために席を外し、自動販売機でコーヒーを買って飲んだ。 そのコーヒーは缶コーヒーではない。また自販機で一杯づつ豆を挽き、ドリップした、今の日本にあるようなレ
最初の記事から尾籠な話で申し訳ない。人間は老若男女問わず排泄をする。排泄が済むと、お尻をふく。トイレットペーパーの出番である。 韓国のトイレットペーパーは、日本のそれに比べると、幅がわずかに狭いものが多いような。だが幅は狭いが、その活躍の場は広いのである。どう広いのか。書いてみたい。 日本の家でトイレットペーパーが存在するところといえば、名前の通りトイレだけだろう。ほかの部屋にトイレットペーパーがおいてあるだろうか。しかし、韓国は違う。キッチン、リビング、食卓の上な
「豚もおだてりゃ木に登る」式に、Xのフォロワーさんより後押しをしてもらい、韓国で体験した日常風景を綴ることにしました。気軽にお読みください。それでは次回より本格的に綴りはじめます。