見出し画像

マグカップは1つだけ

「一人旅」といえば聞こえはいいけど、要は一緒に行く人がいなかっただけなんだと思う。

私は今、内装が可愛いと話題の列車に揺られている。
この日なら乗れる!と唐突に切符を買った。
車内は、一眼レフカメラを持った女性がたくさんいた。
彼女たちが何回もシャッターを切る中、私はぼんやりと車窓を眺めていた。

すっきりしたい、人間関係も断捨離するんだ。窓から見えた柔らかそうな新緑の葉、川面のきらめき、そんな景色に気持ちも押され、降車駅に着く頃には、LINEのトーク履歴も結構削除していた。
特別に何かがあったわけではない。仕事でミスをしたとか、失恋したとか。むしろ、そういう事があった方が格好がついただろう。
明確な理由もなく、何かがすっきりせず、一人旅という名の時間を作ったのだ。

駅前にあったカフェでランチをとることにした。いまさら1人ご飯もなんのためらいもなくできる。

カフェは雑貨も販売していた。
鮮やかな花柄のマグカップについ手が伸びる。旅の記念に買おうと思った。
マグカップは何色かあった。

色違いで買おうかな…
つい悩んだ。あの人の顔が浮かんで。

お土産買ってきたよ、一緒に使おう、そんなセリフの言える可愛げのある子になりたかった。
わざわざ土産として渡さなくても、用事があってうちに立ち寄った時にお茶でも飲んでってと差し出すだけでもいい。

この期に及んで何を悩んでいるのだ。
私は一人旅中の身であるのに。

そうよぎったら、手が引っ込んでいた。

結局、1つしか買えなかった。

うちには食器は1個ずつしかない。お茶碗も小皿も。
ペアで用意するようなことはこの先もないかもしれない。

1人で生きていくのだという表れな気がして、買ったばかりのマグカップにいれたコーヒーは少し苦かった。
でも…いい香りもした。

#小説
#ショートストーリー
#女の生き様

いいなと思ったら応援しよう!