発狂頭巾なつやすみスペシャル〜大坂医蘇の陣〜
ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ
「いやー!流石は大坂!天下の台所!にぎやかなもんですねえ、吉貝の旦那!」
「うむ、江戸とはまた違う活気に溢れておるな」
大坂の街を歩くのは皆さんご存知、発狂頭巾こと吉貝とすっかり舎弟になってしまったハチである。
江戸の平和を守る二人がなぜ大坂に?
「いやー、旦那がしばらく江戸を離れるって言い出した時はどうなることかと思いましたよ」
「江戸にはこの夏、五爺の波動が溢れておるからな。思考を乗っ取られてはかなわん」
「それはよくわかりませんが、たまには旅もいいもんですな!食い物も美味い!」
「まったくお前はそればかりだな!」
「旦那だって食ってるくせに!」
「「はっはっはっは!」」
二人の手にはたこ焼き!大坂食い道楽だ!
そこへガランガランと鐘の音。ちょうど目の前の商店で、小僧が鐘を鳴らし始めた。
「医蘇陣!医蘇陣入荷や!数量限定!早う買わんとのうなるでえ!」
「いそじん……ってなあ一体何でしょうね?」
「ふむ、どうやら薬屋のようだが」
ドドドドドドド
「うわ!見てくださいよこの値段!」
ドドドドドドドド
「フーム、これは飲み薬か?」
ドドドドドドドドドド
「うるせえなあ、さっきから……ってうわあ!」
呑気に店先を覗いていた二人が振り返ると大坂おばちゃん軍団の突撃だ!
「あんたら邪魔!」「イテコマスゾ!」「うちのもんや!」「アメチャン!」
思い思いのシャウトを叫びながら突撃してくるおばちゃん軍団に飲まれ、あっという間に二人の姿は消えてしまった!
「イテテ、ひでえ目にあった。たこ焼きもどっか行っちまった」
「ううむ、なんという力だ。狂っているのか?」
「狂っとるのかもしれんなあ。しかし兄さんらもエライ目におうたな」
「えっ!?」
目の前に突然現れた男!
「ワシは緒方洪庵。医者や。怪我みたるさかいこっちきい」
二人の怪我を治療しながら、緒方は医蘇陣について語り始めた。
「今、大阪では病が流行っとってな。そうそう死ぬようなもんやないんやが、特効薬がのうて皆困っとったんや」
「その薬が医蘇陣だと?」
「それがなあ……」
緒方が語る所によれば、ある日突然代官が街までやってきて「医蘇陣が流行病に効く気がする」と言い出したのだそうだ。「効くのか?」と問えば「効くとは言えない」、根拠を問えば「根拠はない」。だが「効く気がする」と繰り返すのだ。
「ワシは医者やさかい、そんな胡散臭い話があるかい!と思っとったが、街の衆は我先にと医蘇陣を買い求めてな。目敏い商人連中は買い占めるわ値を釣り上げるわ、まあひどいもんやで。薬問屋は大儲けや」
「ううむ、何だか怪しいですねえ、旦那」
「陰謀だな。間違いない。いるみなてぃだ」
「いるみなてぃ?」
「気にしねえでください」
「まあ、陰謀はどうでもええんや。商人が儲けるんもかまん。ワシがはらわた煮え繰り返っとんのはな、効かぬ薬に金突っ込んだ貧乏人が、買えたはずの薬を買えずに苦しんどることや!」
そして夜!
ばきばきばき!と代官の屋敷の障子を蹴破り現れたるは発狂頭巾!
「代官!代官のばかはどこだ!?」
「旦那!いくら何でも突然すぎませんか!?」
そして頰被りをしてついてきたハチ!
「尺がな……」
「出た。出たよ。旦那ちょいちょいそれ言いますよね。何なんです?」
「代官はどこだ!?」
「聞いちゃいねえ」
どかん!と襖を蹴破るとそこには代官!
「何や自分!その容貌……さては江戸で噂の……」
「おっ、旦那も有名人ですねえ」
「キチガイ仮面!」
「発狂頭巾だよ!」
「私の名などどうでも良い。貴様、薬問屋と陰謀を巡らし効かぬ薬を民草に売りつけたであろう!そしているみなてぃだ!薬問屋からいくらもらった!?」
「いるみなてぃ?」
「気にしねえでください」
代官は大上段に刀を構えた発狂頭巾に怖じることなく前へ出る。
「金なんかもらうかいな!わいが考えとるんはみんなを病から救うことだけや!医学は素人やし根拠もないで!せやけどみんなを救いたい一心で効きそうなもんを教えて回っとるだけや!」
その目には一点の曇りもない!善意に満ちている!
「え、じゃあ本当にただの善意であの騒動を?」
「騒動になっとるんは心外やけど、まあそうやな!みんな喜んどるやろ!これからも思いついたことは全部やったる!」
その目には一点の反省もない!自己肯定に満ちている!
「……狂っておるのは……」
「狂ってるのはお前じゃねえか!」
決め台詞を奪うハチ!満足気だ!
だが……鳴らない!
「何でだよ!」
「……狂っておるのは……お主ではないか!!!!」
\カァ-------------ッ!!/
「あ、鳴った」
「何やねんこの音」
「旦那が言うと鳴るんですよね。何なのか分かんないですけど」
「代官!!!!」
「はい!!」
「街は今混乱しておる。効くか効かぬか分からぬ薬を高く買ったばかりに本当に必要な薬を買えなくなった者もおる。立場あるものが軽挙妄動をするとは何事か!!!!」
「な、なるほどやで!わいが浅はかやったかもしれん。明日早速みんなにちゃんと説明するわ」
「うむ。それが良かろう。でえええええい!」
袈裟斬り!
代官は胴を斜めに断ち切られ声もなく絶命!
「ええええ!?いま斬るとこでした!?」
「振りかぶったからなあ……」
屋敷の者が侵入者に気づき騒がしくなる!
「いけねえ旦那!早いとこ行きましょう!この街の観光はもうおしまいです!」
「そうか?しかしまだ皆の土産も」
「次!次の街で買いましょう!ね!?」
「待て、薬問屋も斬っておこう」
「もう十分ですって!」
二人の旅はまだまだ続く。
次は東か、はたまた西か。
〜終〜
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