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(美大日記⑰)正直すぎるだろ/相棒、死す。

2000年代。まだ新幹線が開通する前ののんびりした石川県金沢市で、美大に通いながらひとり暮らししていた日々を綴った『美大時代の日記帳』。

プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。


正直すぎるだろ。

毎年、夏休みに油画専攻の全学年を誘って開催される「夏キャンプ」。新歓コンパ、花見コンパ、七夕コンパ(コンパばっかりだな)同様に、幹事は2年生、つまり私たちである。

場所も決まっていて、石川県の千里浜にあるキャンプ場で行うのが恒例なのだが、ひねくれものが多い我々の学年では「どうせなら、いつもと違うところにしない?」という雰囲気が盛り上がり、場所探しに悩んでいた。

ある日、前日に候補地の下見に行ってくれたD君を囲んで、幹事メンバーによる会議が行われた。
余談だが、このD君。穏やかな性格で、趣味が良く、時にギターをかき鳴らして忌野清志郎を熱唱したかと思えば、自分の手帳に「これから行ってみたい土地の地図」を描いていたりするロマンチストでもある、なんというか、アイドル的魅力をたたえたナイス・ガイである。
そんなナイス・ガイD君が訪れた候補地は2ヶ所、M公園とS高原。

S高原は実際行くとかなり遠かったらしい上、ロープウェイに1人1500円もかかると分かり、この時点でほぼ却下。一方のM公園。設備も整っているしトイレもきれいで、ちゃんとペーパーもある。なんとホタルもいるらしい。D君自身、「個人的にも行ってみたいと思うようなところ」と評するだけに、期待大である。
しかし、逆にそういう雰囲気の良い場所だから、学生がギャーギャー騒ぐのは駄目かもしれないというのが良識的なD君の懸念材料だった。
とりあえず、皆が見守るなか私が電話をかけてみることに。

トゥルルルル……

「もしもし」。ちゃんと繋がった!
設備について色々確認する。テントの貸出料も他の施設に比べて安い。電話の人の対応もやさしい感じだ。
思いきって直球を投げてみる。

「あの、…そちらはそのー、大学生が大人数でわーわー騒いでも大丈夫なようなところですか?」

……正直すぎるだろ……(←未来の私のつっこみ)。しかし電話の向こうの人は「うふふ、いいですよ?」と面白そうに答えてくれた。
通話を終え、皆で顔を見合わす。

「決まりじゃないの。」


1泊2日のM公園キャンプ。何をやったかほぼ記憶にないのだけれど、この時の電話と、微妙な仕上がりの肝試しをやったことだけ覚えている。


相棒、死す。

大学時代、私の相棒はワープロだった。
父から譲り受けた旧式のワープロ。データの保存はフロッピーディスク。印刷手段は懐かしのインクリボンと、いつか消えてしまう儚さが愛おしさを増す、感熱紙。ちなみにプリンター内蔵型である。

本来の学業(絵)からの逃亡手段として文章を綴りまくって、いったい幾度の夜が明けたことだろう。そしてもちろん、駄文を打つだけではなく大学生として真っ当な「レポート作成」の為にもワープロは大活躍だった。パソコンのようにインターネットに繋がれていない、息抜きにYouTubeも観られない、ただただ文章を書くためだけに存在する素敵な機械。検索機能も勿論ないので、辞書を片手にひたすら文章に没頭ができた。

その日、私は学校をサボって朝からのんきに味噌汁などすすっていた。今日締め切りの「物質と科学」のレポートを仕上げなければならなかったのである。

パチパチパチ……(タイピングの音)……。

時々眠くなりながら書いていくが、なかなか規定の3600字に到達しない。もういいや、午後の講義も諦めよう。

パチパチパチ………。

夕方4時過ぎに完成。意外と時間がかかってしまった。急いで紙を入れ、「印刷」をパチ。続いて「全文印刷」をパチ。

ビ~~~~~~~。

「プリンタに異常があります。解除ボタンを押して下さい」のメッセージ。
悪夢だった。

そして私は走った。雨の中靴下も履かずに走った。服は部屋着の上にカーディガンを羽織っただけ。ブラもしていない。おまけに今日は朝から顔も洗っていないかった。そして一途に大学まで走って走って、事務所についてそして………!

すでにレポートの回収箱はなくなっていた。


ひゅうううううう………(心の効果音)……。

せっかく、せっかく書いたのに。あのあと、手書きで全部、1時間もかかって原稿用紙にレポート書き直したのに、うう、もうこのまま倒れてしまいたい。超ウルトラスペシャルショック!

先日、バランスを崩しワープロを誤って落っことしてしまったことがあったが、ちゃんと使えたし、外見も壊れている様子はなかった。なのになぜ。
大学2年目にして初めて単位を落としてしまったショックと、心の支え(ワープロ)を失ってしまったまさにそれは、Wの悲劇。
翌日、ワープロの製造会社に問い合わせてみたら、予想通り
「そんな古い型の修理はもう受け付けていない」
と言われた。ああ、書きかけの駄文、フロッピーに入ったまま印刷してないのに……しくしく。

1ヶ月後、名古屋に帰省する機会に私はハードオフへ行った。通常の家電量販店では最早見かける機会がなくなってしまったワープロが夢のように沢山あり、しかも、先日私が壊してしまった相棒と同じ機種が1台だけ、あった!!
その後―――。

世の中からインクリボンが消え、がちゃがちゃとかさばるフロッピーが過去の遺物と化し、時代の波に抗えなくなった私が観念して「パソコン」という名のハイテク機器に手を染めたのは、美大卒業後、社会人になってからのことである。





今週もお読みいただきありがとうございました。
ああ。
ワープロ打ちたあ―――いっ!
あの、モッタリしてるのにスカスカしたタイピングの手応え(恐らくキーボードの厚み)。のんびりと点滅するカーソル、薄暗い画面。どっしりした本体の重さと厚み……。でも多分、実際今打ったらイライラしちゃうのだろうなあ…。
私は自分の絵が「印刷」された瞬間になんともいえない喜びを得るのですが、ワープロを初めて父から貰い、自分の打った文章が活字になって出力されたときの喜びと誇らしさをいつまでも忘れたくないなあと思います。

皆さんは、家電を長く使うタイプですか?

◆次回予告◆
何を載せるか考え中。

それではまた、次の月曜に。


*美大生2年目は催し物の準備だらけ。その他のお話はこちら↓


*文章にまつわる、その他のお話はこちら↓



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