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飲食不可(飴・ガム含む)の深い理由ーArtとTalk⑦ー

こんにちは、宇佐江です。皆様いかがお過ごしですか?
今回は、どの美術館の案内事項にも大抵書いてあるけれど「それくらい大丈夫だろう」と軽く捉えられがちな、飲食物や植物の持ち込みについてのお話です。

勘の鋭い方は、もしかしてアレが登場するかもしれないから読むのやめようかな~…と不安に思われるかもですが、具体的な表現はなるべく避けますのでどうかこのまま読み進んでいただけますと幸いです。
ただし、施設利用に関するルールは各館により異なりますので、以下のお話はどこの施設に限定するものでもなく、美術館での「一般的な例」としてお読みください。

それでは参りましょう~。


展示室に持ち込んではいけないもの(意外編)

私は美術館でどのポジションにいる時も、お客様の持ち物にはさりげなく視線を走らせています。作品の破損に繋がる恐れのある傘や大きなリュック・キャリーなどの「あぶない」お荷物の他にも、展示室へのお持ち込みをご遠慮いただくものはいろいろ。その中から、あまり知られていないと思うものをいくつかご紹介します。

・花などの植物
・食べ物の入った袋
・ペットボトルや水筒などの飲みもの(鞄の中ならOK)

詳しくご説明します。
まず、植物。美術館に花なんて持ってくる人いる?と思われるかもしれませんが、実はよくあるのが「お祝い花」です。
コンサートや演劇に生花を贈る場面はよくありますね。同じように「知り合いの個展やグループ展にお花を出そう」とお考えの方は、花屋さんに依頼される前に、展示会場へ「お花の持ち込みはできますか?」とご確認されることをお勧めします。
画廊やギャラリーでは受け取り可能な場合もありますが、美術館内に設置された貸ギャラリーは特に注意が必要です。
おそらく一般的な美術館の場合、係員が見かけ次第、受け取りされた方の車にお持ちいただくか、総務室などでお預かりすることになると思います。

次に食べ物の入った袋。
具体的にはパン屋さんの袋や、スーパーで買った野菜や総菜が入っているようなもの。これらはロッカーをご案内します。

ペットボトルや水筒に関しては極力お鞄にしまってもらいます。お鞄が小さくて入らない場合は、受付でお預かりするか、ロッカーをご利用いただきます。
手ぶらの男性でよくありがちですが、上記の案内を受けて「じゃあ」と手に持ったペットボトルをズボンのお尻やパーカーのポケットにひょいっと入れるのは、本来は避けていただきたいです。物理的に、ペットボトルがかなりはみ出た状態になりますし、万一蓋が緩んでいないとも限りません。見守る監視員は少しハラハラします。


持ち込んではいけない理由

では、なぜこれらを展示室に持ち込んではいけないのでしょう。理由はずばり、「虫の持ち込みや誘発、カビ等の発生を防ぐため」です。


『ミュージアムの女』の感想で、特に印象的だったエピソードとしてよく挙げていただくのがこの「虫報告」の回。

先輩にこの業務を教えられた当時、初めは私も驚きました。
(この漫画では「発見した虫は全て提出」と書きましたが、最近は「明らかに種類が分かる一部に関しては捕獲したら自然界に還してあげてください」という心優しい虫担当学芸員さんのご指導のもと、捕獲と報告だけにとどめて、お庭に放したりもします。)

ここで先週出した「次回予告」クイズです。
Q 展示室で飲食をしてはいけない理由と、花を持ち込んではいけない理由は同じ。ヒントは「私が出勤前コンビニでお昼を買うときは、袋をくださいと必ず言います」。

そうです。これも先ほど述べた「虫」を防ぐ目的が答えです。

通勤に約1時間15分かかる私は、夏場はお弁当が傷むのが怖いのでコンビニでお昼ごはんを買います。エコバッグは常に2枚ほど持っていますが、馴染みのコンビニ店長さんに「袋いるんやったね?」と覚えられるほど、毎回お金を払って「すみません」とレジ袋を貰います。(ちなみに「すみません」は店員さんに向けて&地球とSDGsを推進している人に向けて言っています。)そうして、お昼に食べたおにぎりの袋やサラダやパスタの空容器を入れた袋の口を、ぎゅー!っときつく縛ってゴミ箱に捨てているのです。

虫と一口に言っても、私たちが想像するような目に見えるタイプのものとは限りません。むしろ、ほとんど目に見えないサイズで知らず知らずに入り込み、衣替え後の衣類にぽっかりと穴をあけてしまうような、そういう輩が危険です。特に絵画は大抵紙や布で出来ていますから、被害にあいやすいのです。このような文化財に害を及ぼすものたちを「文化財害虫」といいます。

「飴やガムを食べたくらいで虫なんか来ない」
そう思うのが通常の感覚でしょう。たとえば飴を袋から出すとき、ほんの小さなカケラが展示室の床に落ちるかもなんて普通は考えないでしょうし、ガムを噛んでいる最中ふいにくしゃみが出て、味や着色料のついた唾液が作品や壁に飛ぶかもなんて思いもよりません。ましてや、ほんのひとくち飲んだペットボトルの口から一滴の雫が零れるかもなんて。
そしてそれが巡り巡ってどのようなものたちを呼び寄せてしまう可能性があるかなど。

気が遠くなるような想像力です。

しかし、「作品(文化財)を守る」ということがどれだけ過酷で困難なことかを熟知している学芸員からすると、どれだけ気をつけても足りないくらいなのでしょう。私も勤務年数と共に、経験と知識を重ねてようやくコトの重大さが少しずつ理解できるようになりました。

なかなか伝わりづらいですが、ご理解の上ご協力いただくために、このことが沢山の皆様に浸透していったらいいなあと思います。


作品と同時に地球を守る

最後に、少し堅苦しいかもしれませんが、虫害について考える際、美術館職員として学んでいかなければと私が興味を持っているお話をご紹介します。

「IPM」(総合的有害生物管理)という言葉を聞いたことがありますか?農業分野で使われることが多い言葉だそうですが、美術・博物館でも近年よく聞くようになりました。簡単に言うと、薬剤だけに頼らずに生物被害を防ぐための取り組みのことです。私は、以前参加させていただいた新潟県立歴史博物館の企画展でこの言葉と出会いました。

文化財にとってカビや害虫は大敵ですが、かといって強い薬剤で一気に殺虫駆除してしまえば済むという問題ではありません。効果が高い薬剤はそれだけ作品に対しても影響を与えてしまいますし、人体や地球環境にも害を及ぼす危険性があります。

いっぽう、IPMは日常的な管理等によって、なるべくカビや虫害を減らそうとする試みです。定期的な清掃や温湿度管理による抑制、また、トラップを仕掛るなどして虫の行動パターンを調査し、最小限のリスクで有効な対応をする。薬剤を用いる場合も慎重に最適なものを選ぶ、などなど。施設や収蔵品によってもIPMはやり方が異なる上に、大変地道でマンパワーが必要な作業です。専門職員だけでは到底実現が困難なこの手法ですが、例えば岐阜県美術館では市民ボランティアさんたちが「虫パトロール隊」を組んで、この活動を手伝ってくださっています。



作品と地球に優しい取り組み。日常的な管理が大切となれば、職員の中で誰よりも常に作品たちと同じ空間で過ごす私たち監視員こそ、気づけることが沢山あるはず。

持ち物に対してお客様にご協力を願う時も、ただ「ダメ」と伝えるだけでなく、こうした目に見えない壮大な気持ちまで伝えられる言葉がないかなあと、今日も色々考えつつ監視席に座っています。






今週もお読みいただきありがとうございました。現在は皆様マスクをされている為、飴のご案内をすることはほぼ無いのですが(マスクの下なら飛沫がないのでOKという場合もある。)本文にも書いたような心配がありますので、できたら展示室の外で口に含めていただき、「喉が辛い」などの事情がある場合に限り舐めていただくようご配慮願います。
水分補給をしたい場合は、お近くの係員までご相談くだされば再入場等のご案内をします。薬など、急を要する場合も遠慮なくご相談ください。
余談ですが、
本文に登場した虫担当学芸員さんから先日、「宇佐江さんの漫画を読んだ一般のお客様から、ご家庭の虫についての問い合わせが来たので対応中です。」と言われて少々焦りました(笑)。ご本人は快く対応してくださいましたが、皆様、学芸員さんの本業は美術ですので、私に惑わされないでくださいね…。

◆次回予告◆
『今日も私服がネコの毛まみれ⑥』世は空前の猫ブーム、なのになぜ現実はこんなにも「猫ちゃん可」の物件が少ないのか!?現在のアパートを見つけるまでのすったもんだと猫と暮らすお部屋について語ります。

それではまた、次の月曜に。


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◆今週のおやつ◆
ファミリーマート:バタービスケットサンド




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