しわの美学ーArtとTalk㊼ー
絵を描く人間には、それぞれ好きな描きどころやモチーフ、俗に言う「フェチ」があると私は思う。
少女漫画系の作家さんは特に絵が繊細なので
「ああこの人、髪の毛描くの好きなんだろうなあ~」とか、
「眼鏡キャラが多いからおそらく眼鏡フェチだろうなあ~」
とか。見るとなんとなく察するものがある。
では私は何フェチかと言うと、ずばり「しわフェチ」である。
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しわ、と言っても人間の皮膚に関するものではなく、私が好きなのは布のしわや、洋服のフリルやタック部分である。
美術学生時代の私の絵には「謎のカーテン」がたびたび登場した。人物を描く際も、現代人が着用するぴったりした洋服は頑として描かず、年代物のジャンパースカートやシンプルワンピース、浴衣などの和装、果ては服とも呼べぬ「白い布を体にただ巻きつけた人物」を自由課題で描いていた。なぜそのような装いかと言えば布のたっぷりとした表現やしわが必然的に生まれるからで、まるで、中世の宗教画みたいな出で立ちを毎回モデルさん(主に母と友人R)に強いていた。
そういえば、先日小6生たちとの漫画講座にて、
「服のしわはどのように描けばいいですか」
と質問をくれた子がいたが、私はそれをきいて嬉しくなった。自分のフェチうんぬんはさておき、イラストを描くのが好きな小・中学生なら一度は必ずぶつかる壁が、昔と変わらず今も「しわ」であると実感したからだ。輪郭線だけならいい感じに描けるのに、さてもっと細かい部分まで描いてやるぞと服のしわを入れ始めると、途端に
「やばっ、なんか変!汚くなっちゃった!うまく描けないーーー!!!」
と紙をぐしゃぐしゃにしたくなるような苦悩を味わう。
わかるよーーー。めっちゃわかるよ!!!私もかつてそうだった!!!
と、机に向かい悔しくて半べそかいている背中(←私の想像)に心の中で同意しながら、目の前で真剣なまなざしを向けてくれている子たちに、ホワイトボードで説明した。
まず、
「しわはねー最初は難しいんだけど、なんでしわが出来ているのか、中身を理解すると描けるようになるよ。例えば…」と、女性の上半身裸をものすごく簡略化して描き、「この上に、服がかぶさるの。肩でストーンと、落ちるからしわはこう、腕に向かってストーンと下向きに。胸は、盛り上がっている部分まではあまりしわはなくて、その下がまたストーンと落ちる。重力ってわかるよね?ものには皆重力があるから、下に落ちるの、しわも」と言いながら、自分の体を示しつつ、「ほら、ここらへん(上の方)はしわがあまりなくて、袖の下とか、下に行くほどしわが多くできているの、わかる?このあたりは、布が余っているから、しわもたくさんできるんだよ」
と、具体的に説明したつもりだったが、この説明は子どもたちには難しすぎた。なぜなら、ある子が根本的な問題をぽつりとこぼしてくれたのだ。
「でも、裸とか見たことないからわかんない…」
おお。
そういえばそうだ。彼らはまだ成長途中の小学生だが、描きたい絵のキャラクターは実年齢よりおそらく上で、高校生のお姉さんとかを描きたいのだ。でもおとなの体の構造を見たことないからわかんない。そりゃそうだ。だからつい、表面だけを見て、物理的にありえないしわまで多めに描いてしまうからヘンな絵になってしまう。かつて私もそうだったように。
だから裸婦を描くんだよなあ。
絵に親しみのない人は「なんでわざわざ裸を描くんだ。服着ている人間をふつうに描けばいいじゃないか」というが、服着ている人間をふつうに描くためにまず、服着てない人間を描くことから始めなければならないのである。写真でも足りない。高校時代、まだ裸婦モデルさんにどぎまぎしてしまう年頃だった私たちに美術科の先生は教えてくれたものだった。
「表面的な部分だけじゃなく、中身もちゃんと観察して理解して。生きている人間は、呼吸をする。モデルさんをよく見ると腹が膨らんだり、へこんだりする。そういうのまで感じながら描きなさい」
美大に入ると、美術解剖学なる授業もあり人間の骨格や筋肉の名前を覚えたり(全部忘れたが…)、大学病院でホルマリン漬けの人体を見学させてもらったこともある。中学生までは苦手だったしわの描きこみが好きになったのは、思い返せば美術を本格的に習ったのと同時期だった。
まあ、けっして「得意」ではなくあくまで「好き」な表現であるので、つい描きすぎて過剰表現に繋がりかねないのがフェチの欠点だが、これからもおそらく、私の絵にはたびたびしわが登場します。その美学を、極めていきたいと思います。
久々に、裸婦クロッキー会参加しようかな~。
(表題イラスト/©宇佐江みつこ)←しわを描きたすぎて変な服装させがち。
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今週もお読みいただきありがとうございました。我ながらマニアックな話をまた書いてしまいました。たくさんの気づきを与えてくれた子どもたちにあらためて感謝です。
◆次回予告◆
久々の、『美大時代の日記帳』㉕
それではまた、次の月曜に。
*裸婦について熱く語った回はこちら↓
*小6生たちとの講座についてはこちら↓