寒川神社に初詣に行った人の話
もう十年以上前のことだ。電車に乗った時のことである。読みかけの文庫本を鞄から取り出し、読み始めた時だった。
二十代と思われる二人組の話し声が耳に入ってきた。
「オレさあ、いままで明治神宮とか有名な所ばっかり初詣に行ってたんだけど、そこまで大きくない所も行って見ようと思ってさ、色々調べてみたんだよね」
ほうほう。
「で、寒川神社とか、中堅どころって感じで良さそうだから行ってみたんだよね。」
中堅どころ。
待て。
寒川神社は、相模の国一之宮の由緒ある神社だぞ。創建されて百年そこそこの明治神宮と違って、記録にあるだけで千六百年以上の歴史があるのだ。文字通り桁が違う。
当時、私は寒川神社のある寒川町に住んでいた。その時乗っていたのは東海道線の上りで、電車は茅ヶ崎を出たばかり。土地勘のない人には分かりにくい話だが、要は寒川神社のお膝下。地元民からすれば何を言ってるんだ、と突っ込みたくなる話なのだ。きっと私以外にも耳をそばだてている人が何人もいたはず。
ちなみにFMヨコハマでは寒川神社の宣伝が時々流れており、八方よけの寒川神社、郵送でのご祈祷も承っております。の文言も地元民の知るところ。
目は文庫本の文字を追っていたが、内容は全く頭に入ってこなくなった。声のする方を見たいけれど、ジロジロ見るわけにも行かず外の景色を見るふりをしてチラリと様子をうかがう。
当時流行のカジュアルな服装にキャップをかぶった姿が見えた。
「へえ、どうだった?」
「こじんまりしてて良かったよ」
明治神宮に比べれば小さいよね。いちいち心の中で突っ込みを入れてしまう。
「大晦日の十時ごろ車で行ったら割と空いてて、意外とすんなり入れるなー、と思って入っていったのよ」
結構早く行ったんだな。年越しカウントダウンするつもりだったのかな。
「でさ、除夜の鐘突かせてもらおうと思って。で、神社の人に『すいません、除夜の鐘突きたいんすけど』って頼んだら『お寺に行ってください』って冷静に返されて」
想像してたのと違うカウントだった。寒川神社の人も冷静に返すと言うことは恒例行事なんだろうか。
「寺とか神社とかむずかしいよね。明治神宮は神社だよね。川崎大師って寺?神社?」
大師様はお坊さんだから寺じゃないかな。
東海道線はそろそろ横浜に到着する。
結局、本は1ページも読まれないまま鞄にしまいこまれた。
寒川神社で甘酒を振る舞われた話を聞きながら私は横浜駅で電車を降りた。
ここまで後ろ髪を引かれながら電車を降りることはなかなかない。