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#2 現役キャリアアドバイザーが学生時代に考えていたこと②

千葉大学教育学部に合格するための自宅浪人生活が始まりました。

現役で落ちた当時は、もちろんそれなりに悲しかったですが、
今思うとそんな悲しみはちっぽけだったと思います。

辛かったのはむしろその後。
正直なところ「浪人なんて無限に時間があるんだし、いくらでも頑張れるだろう。」と高を括っていました。

学校や仕事が終わった金曜夜、「土日の間でやりたいこと色々できるな」という
全能感やワクワクを抱いていたはずなのに、気づいたら何もできず休みが終わってたことっていう経験、皆さんにはありませんか?

当時はそれが丸1年間続く感覚でした。
休みが土日だけなら日曜の夜に現実に引き戻されますが、
1年中休みなのでいつまでも夢から覚めないままです。

結果、手軽にお金が稼げるバイトに明け暮れたり(入学金を稼ぐという言い訳)、
一足先に大学生になっていた同級生と遊んだり、
予定のない日にはひたすらネットサーフィンと、
まともに勉強をしない生活が3ヶ月ほど続きました。
こんな生活を送っていた自分への絶望が1番の挫折でした。

今振り返っても高校時代が一番忙しかったので、
勉強や部活やバイトとそれなりに努力をした自負が当時はあったのですが、
単に予定を詰めまくって決められた時間の中で頑張っていただけであって、
自己管理という面では完全に思考停止していたんですね。

組織に属することを止めた途端に頑張れなくなったことで、
「結局自分は与えられたものでしか努力できない人間なんだな」
ということを真正面から突きつけられました。

「人間は自由という刑に処せられている」という言葉があるように、
自由に好きなことをやってもいい分、その行いに対する責任はそのまま自分に重くのしかかることを身をもって知りました。

同時に、そんな大切なことに気づかせてもらえてよかったという感謝の念も抱きました。
レールから外れることを恐れて行きたくもない大学に行き、無難な進学をしていたら、
いつまでこの不堕落な自分を知らないまま生きていたんだろうと今でもゾッとします。

自分のダメさに気づけてよかったと心から思いましたし、
自分の選択に自信を持てた瞬間でもあり、それを尊重してくれた親に感謝できた瞬間でもありました。

そんなことを考えていたので、志望校に合格すること自体は正直どうでもよくなっていて、
自由な環境の中でも自律できたと言える1つの目安程度に考えていました。

当時の自分に「将来の夢は?」と訊いても相変わらず何もなかったと思います。
ただ、外部からの管理が全く無い環境で自分自身を律して一定以上の学力を身につけるという経験は、
将来何かやりたいことができたときに努力をするための足腰づくりになるだろうと考えていて、
それがただ1つの自宅浪人の目的に定まっていきました。

しかし怠け者の根性は簡単には叩き直せず、試行錯誤の日々は続きました。
後に僕はADHD傾向があるということに気づくのですが、
本当に落ち着きの無い人間なので、一日中机に向かっているのがそもそも苦手な人間なんですよね。

受験は長期戦なので、歯を食いしばって無理に頑張ったところで続かないのは自分が一番分かっていました。
叩き直すという視点は止め、怠け者の自分とどう付き合っていくか?どうしたら楽に続けられるか?
ということを考え続け、自分なりにスケジュールや勉強方法をデザインしていきました。
自分はこの程度の人間なんだなと開き直るほど、いい方向に進んでいきました。

また、一緒に受験を頑張る仲間の存在にも大変救われました。
現在は一般的になりつつあるオンラインサロンですが、
作家でもありコーチでもある池田潤さん主催のプログラムに参加し切磋琢磨していました。
オンライン上の仲間という世界に初めて触れたのもこの時でした。

基本的に寂しがり屋な僕としては、人と一緒に頑張ることで活力をもらえるんだなという気づきも得ることができました。

成績は綺麗な右肩上がりだったわけではありませんが、
紆余曲折ありながらも最終的には1日15時間くほどの勉強を楽しみながらこなせ、
ある程度余裕を持って千葉大学に入ることができました。

18歳にしてはよく頑張ったと思います。
今でも時々、何か環境に言い訳したくなったりすると、当時の自分に励まされる感覚に陥ります。

会社や組織に属さない状態を作るというのはハードルが高いかもしれないですが、
自分という生き物を知れるので人生に一度は体験してみてもいいんじゃないかなあと思ったりします。

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