宝石の鉱山ツアーへ行ってきた
宝石を商いする人間は全て博徒である。
金持ちになりたいなら石油、宝石、麻薬のいずれかで勝負すると誰かが言った。
ただの鉱夫から一発どでかい山を当てれば大金持ち。
それが宝石商。
宝石の鉱山をどうしても見たくなった。
博徒の生きざまを肌で感じたい。漢のロマン……!
有名な宝石の産地をいくつか調べたところ、スリランカのラトゥナプラなら三連休と有給を使えば行ける距離にあると判明。
大学の知り合いのグループラインに同行者を募集したら、二名が手を挙げた。彼らを連れてスリランカのラトゥナプラへ向かった。
重機掘り
宝石商と事前にメールでやり取りして、鉱山の見学ツアーを組んだ。
朝の8:00からツアーを組んだが、まだ坑道内の排水が終わっていないから、まずは重機掘りの方の見学をすると言われた。
この時期のラトゥナプラは雨季の始まりでスコールが多い。
鉱山の坑道は竪穴であり、水が溜まりやすい。
そのため、一日の始まりは前日の夜に降った雨水をポンプで排水するところから始まる。
重機掘りの現場はラトゥナプラの中心からすぐ近くの場所にあった。
田んぼだった場所に突然、周囲の土をひっくり返したような光景に出くわす。
鉱夫はここで寝泊まりと食事を行い、家族のもとに帰るのは年に数日あるホリデーの時期のみ。一種の単身赴任である。
ショベルカーで土を掘り返して、砂利を漉す機械に入れて選別を行う。
宝石の原石は砂利より重いため、水で洗うと沈む。理屈自体は皿やザルで洗うパンニング(水を入れた皿をぐるぐる回して砂金を取るあれ)と同じである。
このツアーでお世話になったMr.Jは最初に手掘りの鉱山で一発当てて、当てた金で重機掘りに投資した。
小高い丘の上に立派な家を持っていて、ラトゥナプラの通りに宝石店を構える成功者。ホテル事業も行っており、そちらは妻に任せているとのこと。
仕事を聞かれたので、同行者のR氏を「ガバメントオフィサー(公務員)」と紹介したら、周囲の人間の目の色が変わった。
これが後の伏線となる。
冒頭で宝石商の博徒っぷりを見せつけられる。
坑道内の排水が終わったので、手掘りの鉱山へ向かう。
手掘りの鉱山へ
手掘りの鉱山はラトゥナプラの中心街からかなり離れた場所にあった。
ここまで来ると、集落がポツポツあるだけで田んぼとゴムノキのプランテーションしかない。
鉱山に到着。
ここは昔、小学校だったらしい。校舎とシーソーが置いてある。かつての校舎は今ではオフィスとして使っている。
周囲は田んぼで、井戸がいくつかある。ここが手彫りの鉱山である。
手回しの発電機でエンジンを動かすと、ポンプが動き出し勢いよく水が排出される。
黒煙が立ち上り、重機のうねる音。現場に来た実感が湧いてきた。
ここではサファイア、スピネル、アメジスト、ガーネットが産出するとのこと。スリランカでは特定の宝石が集中して産出することはあまりなく、色々な宝石が産出する。
といっても、砂利やマイカなど価値の低い鉱物が大半である。
鉱山の井戸。光を照らすが、底が見えない。
ドリルだと土が痛むから全てショベルの手掘りである。
深さは10mくらいはある。宝石の魔性に魅せられた男たちはショベルでここまで掘る。
これから坑道に潜るから服を脱いでパンツ一丁になるように言われた。
異国の先で突然、身ぐるみを剝がされる状態になり緊張感が走る。
ここで置いてけぼりにされると帰国ができない。
一瞬焦ったが、鉱夫がやたら親切で気を遣ってくれるのと、身ぐるみを剥がすにしては雰囲気が殺伐としていないから堂々とパンツ一丁になる。
スリランカでパン一になれる貴重な経験。
坑道内の写真を撮るためにデジカメを渡す。
ここでデジカメを渡した判断が正解であった。暗がりだとスマホのカメラよりデジカメの方がよいと考えたのと、デジカメなら水没させても後の行動に支障が出ないから理由で渡した。
ビニール袋に被せて防水仕様にした後、鉱夫に持って先に潜ってもらう。
鉱夫に先導されて坑道内に潜る。
手を掴む柱があり「これは頑丈だから安全だ!」と力説される。
一段ずつ、坑道に降りていく。段差の間隔が均一でないのと、段差によってはつま先と同じくらいの幅しかないのが怖かった。
命綱なんてない。足を滑らせれば当然死ぬ。無事に底の地面を踏めた時は安堵した。久しぶりに命の危機を感じた。
同行者も含めて全員が坑道に降りた。一同全員、恐怖から解放されて安堵していた。
坑道内で採掘の説明を受ける。
落盤防止のため普段は木枠で固定されており、シダの葉で覆ってある。
採掘する時だけ木枠とシダの葉を外し、ハンマーとノミで岩盤を砕く。
砕いた岩盤を地上に持って行って宝石を探す。
皆で記念撮影。観光客が来ないからなのかスレておらず、写真撮影にもノリノリである。現にこのツアーは旅行会社ではなく、宝石商に連絡して手配した。
坑道を上がって登る。帰りは段差の間隔をある程度理解しているから行きよりはマシではあった。どちらにせよ行きも帰りも怖かった。
筋肉が無さ過ぎて腕がプルプルしていた。
同行者のHに「マモさんの腕がプルプルしていて、登ってこれるか心配だった」と言われた。
坑道から登った後は紅茶を飲む。
砂糖を手にたくさん入れてもらい、それを舐めながら飲むように言われた。
糖分が多いのは肉体労働者だからだと思った。
「砂糖を一気に食べて、紅茶をぐっと飲んでみろ!飛ぶぞ!」と言われた。ドカ食い気絶部はスリランカにもあった。
キンマ(ビンロウのこと)も勧められた。葉っぱに包んで噛んだが、固すぎて上手く噛めない。
坑道から上がってきた後に噛んでリラックスすると言われたが、別に美味しくはなかった。
初キンマはスリランカ。
汚れたので湧き水のところで水浴びする。
「スリランカ最高!」と叫んで水浴び。水は冷たくて気持ちよかった。
気温が高いのでパンツは意外と早く乾いた。
チップを15,000ルピー渡して鉱山を後にする。
20,000ルピーを渡そうとしたが現場の班長からは「高すぎるから10,000ルピーでいい」と言われた。
「そんな少額だと申し訳ないから15,000ルピー受け取ってくれ」と主張したら「それならいい」で合意した。
スリランカの宝石採掘のドキュメンタリーで鉱夫の基本給は週給で3米ドル+採れた宝石の歩合と言っていた。
現場には10人くらいの鉱夫がおり、15,000ルピーを10人で割ると一人あたり1,500ルピー。日本円で750円くらい。米ドル換算で5米ドル。
実際は均等割りではないため(班長が多めに取るなど)、一人当たり貰えるのは一週間の基本給より多い。
あまり高い金額を与えると、観光客相手の商売に現を抜かして真面目に働かなくなる。チップの相場を崩してはいけない。
一週間の基本給よりも多い金額のチップを貰えるなら、あれだけの気遣いをするのもわかる。
宝石ショップへ
村からラトゥナプラ中心街に戻る。
道中で川の採掘についての説明も受けた。
今は雨季が始まって水位が上がって危険だから、見学はしないとのこと。
熱帯地方の河川は上流で雨が降ると、川の水量が一気に増えて鉄砲水になるから危険。手掘りの鉱山なら目の前の危険に集中すればどうにかなる。
「坑道を降りるのもよっぽど危険だろ」とその時は思ったが、自分で制御できる人災と制御の及ばない自然災害を同一視しない方がいい。
川の採掘は政府のライセンスがない違法な採掘が多いと言われた。
川の採掘なら機材もたいしていらないので、ヤバくなったらとんずらできる。
ラトゥナプラの宝石屋が集まる通りに到着。
同行者のHが腹を壊してトイレに行っている間待っていたが、宝石屋の客引きがほとんど声をかけてこなかった。
Mr.Jがラトゥナプラでも有数の宝石商で「あそこにいる日本人の集まりはMr.Jの客である」と悟ったため手を出してこなかった?
二人くらい声をかけてきたが、Mr.Jの存在を知らない潜りの客引き?
宝石屋に向かう。
そこそこサイズの大きい事務所で中は空調が効いており、キングココナッツも買ってきてくれた。
ガーネットの原石を見せられて「60米ドル」と言われたが、日本で買うより高い。
これは物も知らない観光客か、宝石に関する多少の知識はある人間かを区別するための試金石だと判断。
「これはいらない。ルースを見せてくれ」と言って、ルースを見せてもらう。
ここからが本番。
一度「How much?」と聞くと、そこの値段にアンカリングされてしまうのと買う意思表示をすることになる。
これは買いだと思った宝石を、自分の中でおおよその価格を予想してから「How much?」と聞く。
安い買い物ではない。真剣に宝石を見る。
渡航前に宝石屋のサイトでルースの写真を何枚も見て、おおよその相場を把握して予習した。宝石の世界では騙される方が悪い。
買い手と売り手の真剣勝負。
頼れるのは己の直感。気に入ったサファイアを一つ買った。
217米ドルを提示されたのを、190米ドルと言ったらすぐに下がったので相場観はおおよそ正しいと思われる。
宝石は買い手が納得したならその値段で買えばいい。相場からどれだけ価格が乖離しているかは関係ない。割高を掴まされても、審美眼のない自分が悪い。
同行者のHは「昨日宝石を買って予算がオーバーしてしまった。これ以上買うと妻が怒る」と言ってこの宝石屋で買わなかった。それを聞いて一緒にいた他の宝石商もゲラゲラ笑っていた。
奥さんが怖いのは万国共通らしい。
宝石は投機性が高い商材で、売れない貧乏時代も付いてきてくれた奥さんには一生頭が上がらないのだろう。尻に敷かれている宝石商が多かった気がする。
昼ごはん
Mr.Jの知っているごはん屋に連れて行ってもらう。ミックスライスを注文。
どこかで食べた味だと思ったら、タイ料理とのこと。
スリランカ人はレストランで必ず「美味しい?」と聞いてくる。
このあたりは他の国には無い文化。ラトゥナプラは観光地でないため、スレていないのかもしれない。
釣銭全部をチップにしたら、給仕の人がものすごい喜んでいた。
ホテルへ
ホテルに到着。ホテルの一階で宝石の交渉をする。
疲れて頭が回っていなかったので、交渉の末に最初の言い値で結局買うことになった。
最後の方はMr.Jが「ホテル事業の売上は全部奥さんが取っていくから、ここで宝石を売らないと今月のこづかいがない」と泣き落としをしてきた。
ホテル事業の経営ができる奥さんはかなりのやり手。
宝石商を旦那にするような女性は「その気になれば私が食わせてやる」くらいの気概がないと務まらないのであろう。
この手の人間臭いやり取りが海外旅行のお土産買いで楽しい。
「これで今晩は家族と良い夕食が取れる」と取引成立後にMr.Jは言った。
小高い丘の上に豪邸を持つほどの成功者になっても、いつもより少し豪華な夕飯を家族と一緒に取るのが幸せ。
そう考えると幸せは案外、そんなものなのだなぁと思った。
最後にMr.Jから「Gordonの友達?」と聞かれた。
Gordonは私がメールでやり取りした宝石商の名前である。彼は普段ニューヨークにいて、時々スリランカへ帰ってくる。
メールでGordonがMr.Jに現地のツアーを頼んでいたのを思い出した。
小高い丘の上に豪邸を建てて、自分の宝石屋の店舗を構え、ホテル事業を経営していても、まだ上がいる。
Mr.Jもただの中間管理職でしかなかった。ボスはニューヨークにいる。
スリランカの宝石産業のピラミッド構造を感じた。
ツアーがすごい丁寧だったのも「ボスの友人に無礼を働いてはならぬ」の気持ちがあったからだったと納得した。
同行者のR氏をガバメントオフィサーと伝えて、周囲の目の色が変わったのも「ボスの友人でしかも政府の要人にコネがある人が来ている」と勘違いしたからであった。
身元を隠す形になってツアーに参加したが、それが結果として好待遇になっていた。
まとめ
宝石の鉱山見学でわざわざスリランカまで行くとは思わなかった。
趣味前回の旅行についてくる人がいるのにも驚き。
頭数を確保しないとタクシーの割り勘ができなくてキツい。
旅行会社ではなく、本業が宝石商のためメールで条件を細かく詰めるのが大変であった。
冷やかしで見積する人が出るのを防ぐため、どこのサイトで手配したかは公開しない。
観光客に媚びないツアーの方が経験上、楽しいツアーになる。
あと坑道に降りるのはおすすめしない。
事故があっても私は一切の責任を取りません。
貴重な経験ができて楽しかった。