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ちっちゃい人間

ちっちゃいというのは大変なことだ。背が足りないので届かない。脚が短いので移動が遅い。力が弱いのでしっかりつかめない。一人では生きていけない。だが、なんと愛らしいのだろう。

昨日、急にぺたぺたぺたと歩いた。そして面白かったのだろう、頻繁に歩くようになった。人のうちに眠っている能力というのは様々あるのだろうが、十分はいはいを楽しんだ末に、やる気になって歩き始めたようだ。バランスをとるのを楽しんでいる模様。

「やる気というのは、やってみたら思ったより上手くいった時に出るものらしい」というのを私は信じている。ぎりぎりで頑張り続けるのは、やる気が出ないどころかすり減ってしまう。出来が六割前後の所を、なんとなく八割くらい上手くなるまで続けていると、ある時ふっと次の段階に行けるようになるのだ。飽きるほどはいはいをして、筋力が着いたようだ。それをたまたまにせず、「こういうふうにやると上手くできるのか」というのが頭でわかってくると得意分野になる。
話しがそれた。ただ歩いただけで大げさだ。でも大したもんだ。

各々ちっちゃい人間にも個性があるようで、彼は臆病な割に一度慣れると大胆である。執着が強い割に興味がすぐに移り変わる。中断されるのを大変嫌がる。集中すると静かになるが、ふと気が付いて寂しそうにこちらをみる。甘えん坊だが独立心も強い。

こういう性格は、非常に私に似ている。こう言うのは少しはばかられるが、なんとなく彼の気持ちがわかる。優しくて穏やかな妻は、この暴れ馬のようなちっちゃい人間にずいぶん手こずっているようだけれど、妻なりの距離感を少しずつつかんでいるようである。妻にもやってあげたいことがあるのだが、それが彼に上手くはまる時と、はまらない時がある。余りこだわりのない彼女なのだが、彼のことになるとこだわりが爆発している。
さりとて、私に彼の気持ちのすべてがわかるわけではないし、妻の愛情深い関わり方も邪魔したくない。ということで、のらりくらりと、私も近づいたり遠ざかったり、距離をはかっている。邪魔と思われることもあり、頼られることもあり、なかなか難しい所である。

それで、彼が成長していくと、どこかで「このままの性格で大丈夫かなぁ」と思う日が来ると想定してみる。例えば、「他の子が遊んでいるものを取ったらだめだよ」とかね。でも、多分世界を理解するのには順序というものがあって、最初は自分の欲しいものを所有する喜びとか安心とかが必要なのだ。そしてその満足感をたっぷり味わった後で、世界のなかには「他人のもの」というのがあって、他人のものは「貸して?」とお願いしなくてはならないというルールを学ぶ。でも、まだ相手の気持ちを考えるというところには行かない。ただルールを学ぶだけ。そのうち、その場所でのルールというか社会の仕組みを肌で感じるようになる。人の気持ちを考えるなんてのはもっとずっと先のことだろう。
多分最初は、自分を大切にしてくれる人がいて、その愛情タンクがいっぱいになった時に、その人のことも大切にしたいなという気持ちが生まれる。これが、相手の気持ちを考える最初ではないだろうか。最初というか、すべてではないだろうか。

外側に出てくる行動とか表情とか言動が目につくのだけれど、心身の成長の過程と、取り分け現在の心の動きが大事と思う。欲求が満たされること。そして情緒のやり取りがあること。そして、自然に愛情をお返ししたいという気持ちが生まれること。その結果、気持ちの良い人間関係の構築が出来たら良いな、という感じ。

あと、家の雰囲気というのが結局とても大事なのだと思う。嘘でない会話。自然な挑戦心とか好奇心とか。笑いとかリラックスとか。安心して眠るとか。
特に、もやもやがある時に遅くないタイミングでちゃんと話しあうとか。ちっちゃい人間も、言葉がわからなくてもそういう空気をちゃんと感じているから、だから両親がそういうのを上手く解消していく流れというのをそばで体験するのは重要なのではないか。

すごく本能的なことなのだが、ひとりひとりが心地よさを求めて、あれこれやってみるというのは大事なのだと思う。怖いのはさ、誰かが本音を隠して笑顔を作って、実は悲しかったり怒っていたりする心を殺して、そのまま時間が過ぎていくということ。それが当たり前だと勘違いしてしまうこと。
我慢とか忍耐は必要なのだけど、それが続くのは良くない。ずっと気持ち良くないのは、良くない。我慢するにしても、我慢していることは共有され、労われる必要がある。そして、可及的速やかに解消されるか、あるいは分かち合われるべきである。

ちっちゃい人間は毎日生きるのが大変。ちっちゃい人間を生かすために一緒に暮らすのも大変。その生活を支えるためにバランス取って働くのも大変。で、おんなじことをしているのだけれど、大変だねぇという空気を一緒にまとえると、ちょっと楽しい感じが生まれてくる。上手くいく通り道を探る。

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