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河川計画論入門その4 治水経済調査

河川堤防やダムなどの治水施設は、私たちの生活を水害から守る重要なインフラストラクチャーです。これらの施設の計画と評価の中心となるのが「治水経済調査」です。本稿では、治水経済調査の歴史的背景、その目的、そして基本的な考え方について解説します。


1. 治水経済調査の歴史的経緯

治水経済調査の基礎となる費用便益分析の歴史は、19世紀半ばにまで遡ります。1844年、フランスの土木技術者J.Dupuitが河川堤防を事例として「公共事業の効用の測定について」という論文を発表し、費用便益分析法を確立しました。興味深いことに、最初に費用便益手法が適用された公共事業は河川事業であり、その後、他の公共事業分野へも広く適用されるようになりました。

日本における治水経済調査の歴史は、第二次世界大戦後から始まります。1949年、当時の鳥取工事事務所長である中安米蔵が「治水計画と計画洪水流量の経済的考慮」として、千代川改修計画の再検討を中心とした調査結果を発表しました。この時期、戦争で荒廃した国土の復興が急務であり、限られた資源の中で社会資本整備の優先順位や河川改修規模の決定方法に関する理論的背景が求められていました。

現在の治水経済調査の体系が整備されたのは、1959年の伊勢湾台風水害経済調査においてです。この調査結果は、その後の治水経済調査の基礎となりました。1961年からは全直轄河川について調査することを目指して治水経済調査が開始され、具体的な調査方法が示されました。

その後、社会経済活動の変化に応じて調査方法も進化を続けました。1970年には年便益・年費用による評価方法が導入され、1980年には「治水経済調査マニュアル(案)」が策定されました。このマニュアルは2000年、2005年と改定を重ね、現在に至っています。


2. 治水施設の財としての特徴

治水施設は社会インフラの中でも特殊な位置づけにあります。道路や鉄道などの活力基盤やライフラインなどの快適基盤とは異なり、治水施設は安全基盤として機能し、行政・司法、治安などの純粋公共財に近い性質を持っています。

純粋公共財とは、「非競合性」と「非排除性」という二つの特徴を持つ財のことを指します。非競合性とは、ある人がその財を利用しても、他の人の利用可能性が減少しないという性質です。非排除性とは、対価を支払わない人の利用を排除することが困難または不可能であるという性質です。

治水施設はこれらの性質を強く持つため、その整備には公平性が特に重視されます。しかし同時に、限られた資源を効率的に活用する必要もあります。そのため、治水事業は「公平性の観点」と「効率性の観点」を総合的に検討して実施されています。

3. 治水経済調査の基本的な考え方

治水経済調査の主な目的は、堤防やダムなどの治水施設の整備によってもたらされる経済的な利益や費用対効果を計測することです。この調査では、主に三つの項目を評価の基本としています。それは、「人的損失額」の軽減、「物的損害額」の軽減、そして災害がいつ発生するかわからない状況下における「被災可能性に対する不安」の軽減です。


理想的には、治水事業の便益はこれら三つの項目の軽減分の合計として算出されるべきです。しかし、現在のところ「人的損失額」と「被災可能性に対する不安」の軽減分については、評価手法に課題が残されています。そのため、現状では主に「物的損害額」に災害の発生確率を乗じた「期待被害額」の軽減分を治水事業の便益としています。

治水経済調査の実施にあたっては、治水施設の整備および維持管理に要する費用と、整備によってもたらされる総便益(被害軽減)を、割引率を用いて現在価値化します。そして、水害被害の軽減による総利益と治水事業の実施にかかる総費用との比(便益/費用)を算出し、事業の評価を行います。

評価の対象期間は、治水施設の整備期間と完成から50年間までとしています。この期間内の総費用(施設の整備費用と維持管理費)と総便益(年平均被害軽減期待額)をそれぞれ現在価値化して算定します。


おわりに

治水経済調査は、限られた予算の中で効果的な河川整備を行うための重要なツールです。しかし、人命の価値や不安感の軽減など、数値化が困難な要素も多く存在します。今後は、これらの要素も含めたより包括的な評価方法の開発が期待されています。

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