大学全入時代と高等教育の将来像(3/3)
「国際通用性」のある教育・研究力の強化に向けて
先日発表された新型コロナを始めとする過去一年間の感染症研究の発表論文数は、いわゆるG7諸国の中で最低であり、1位のアメリカの1割にも満たない件数である。大学にとどまらず我が国の研究機関が「先導性」において国際的評価を高めなければ、この「質保証」に関わる論議は、単なる画餅に堕するものとなるであろう。
大学の研究力の向上のためには、10兆円ファンドのような財政支援が行われることになったが、有効な施策としてそれに息を吹き込むには何よりも研究力人財の育成と身分保障が欠かせない。すでに、東京科学大学の発足、東京大学、大阪大学をはじめとする一部有力私立大学の参画表明が行われているが、「無用の要」足るべき基礎研究を志向する研究、大型放射光施設や自由電子レーザーを活用した新素材の開発、SDGsの解決に関わる研究プロジェクトの組織化等の次世代型研究に対しては、果たしてこのようなファンド型の支援は有効なのか?文理融合型の研究に対しては別の新たな研究支援の枠組みが必要になるのではないか? このような長長期的な研究テーマこそ、DXやGXと並んでSociety5.0に向けて、高等教育・研究機関が優先的に取り組まなければならない課題ではないのか?
加えて、人口減少と高齢化により疲弊化している地域が求める人財をどのように確保していくべきかも高等教育機関に課せられた課題である。
いずれにしても、研究資金の整備は言うに及ばず「大学院教育」の充実が不可欠である。
1980年代から90年代にかけて「大学院の重点化」が課題となり、2003年には専門職大学院の設置がすすめられ、ほとんどすべての大学が学部と大学院をセットで整備したけれど、大学院進学者は伸び悩み、大学院修了者の就職率が50%程度に抑えられ、いわゆるオーバードクターが社会問題化した。それと軌を一にして我が国の産業の新技術・新製品の開発能力が急速に劣化し、バブル崩壊とともに今に続く産業社会の停滞、格差社会の到来を招いた。このような事態の責任の一端は、我が国の高等教育の「ユニバーサル化」の中で将来ビジョンを描くことを避けてきた高等教育機関にもあることを、もって瞑すべきであると言わざるを得ない。
当面は、大学院レベルのリカレント教育、リスキリング教育の強化を進めるとともに、産業界は、はそのような指向性を持った学生に対する支援と評価を高め、終身雇用体系をジョブ型雇用と成果報酬制度の確立で対応していくことが望まれる。
終わりに
大学は、このような将来社会のあるべき姿を自らの中長期的経営戦略に位置付け、それに応じた学部学科の再編そして半ば形骸化している大学院教育の活性化を積極的に図り、自校が将来社会の中でどのような役割を果たしていくのかを明らかにし、教育力・研究力の強化とその成果の公表により、縮小した「大学マーケット」の中での自校のレゾンデートルの広報・開示に精力を注いでいくことがサバイバル戦略として、今後一層求められるであろう。
さらに、認証評価制度に関しては、国立大学に対しては「大学改革支援・評価機構」、公立大学に対しては「大学教育質保証・評価センター」、私立大学に対しては「大学基準協会」「高等教育評価機構」等の組織があり、それぞれの評価基準が必ずしも同水準にあるとは言い難く、その評価基準の客観性が改めて問われるとともに、内部質保証の客観性、透明性が確保されない限り、「国際通用性」のある教育研究の質を各大学が「学修者本位」で提供することにはなりがたい。
そもそも、大学共通テスト導入の折、活発に議論された「学びの三要素」は、共通テストの作問に残滓がかすかに残されてはいるけれども、どこに消えてしまったのだろうか?
大学入試の「知識偏重」を是正するという目的で、「思考力・協調性」「主体性・判断力」を中等教育の学習指導要綱にも大学教育にも強く求めていたが、思考力や判断力の基底には幅広い知識の裏付けが必要であるし、主体性と協調性は若年層のパーソナリティ形成の過程でこそ可能になるものであって、「学び」という規範の中に押し込めることは、「同調圧力」を教育の場に持ち込むことに他ならず、「国際通用性」とともに改革のテーマとされている「多様性」と齟齬をもたらしかねない。
高等教育が社会に供給する人格も、高度成長期の「自己実現」、ロスジェネ世代の「自己承認」を超えた「自己啓発」「自己創発」へと変遷している。Society5.0社会が高等教育に求めるパーソナリティは、「文理融合」「男女共同参画」を大前提とした如上のパーソナリティであり、我が国の高等教育機関は、既存の物的、人的資源、ないしは「伝統」に名を変えた「設立理念」をすべて再点検し、未来社会に向けた自らの役割を構築することにこそ注力しなければならない。市場による選択と集中は加速している。これまで、衰退を避けるため「護送船団方式」政策要求で生き延びてきた大学の退場は、目前に迫っている。
「今ここにある危機」に恐れることなく、崩壊の淵に立つ未来社会に向けて、大学は自らのレゾンデートルを声高に訴えるべき時がきたといっても過言ではなかろう。
「大学全入時代と高等教育の将来像」は、2022年10月に開催されたシンポジウム『危機の時代の大学経営2022 ~少子化時代の大学経営と入試広報の現在』の内容を網羅した報告書から抜粋したものです。
(3回に分けてnoteに掲載します)