最年長、茂田信の朝は早い 鳥が鳴く前 まだ日も出ぬうちから 音を立てずに寝床から抜け出し 痛む腰を伸ばし その日の予定を頭の中で確認しつつ 用を足し 豆だらけの手を流水で丹念に洗ったのち 寝床に戻る
靴がない 誰かが間違えて 私の靴を履いていったらしい とにもかくにも 私は靴を履いて帰らねばならない 待っていれば 似たような靴が残るはず そう推測したのだけれど 皆が出ていって 残った一足は 鉄下駄だった 私が履いてきたのは オレンジ色のスニーカー 鉄下駄を履いてきた者が 間違えてスニーカーを履くだろうか 否、そんなことはありえない スニーカーと鉄下駄をつなぐ 他の履き物が存在するはずだ 底の厚いランニングシューズと間違えて 私のスニーカーを履いていった者がいて パンプス
飼われていないからといって 浜辺を歩くかにを のらがにと呼ぶのはおかしい それはただのかにであって のらがにではない のであるから わたくしをのらびと扱いするのはよしてくれ どこの馬の骨だかわからない、などと よく知りもしない相手を拒絶しないでほしい 説明するので聞いてほしい そのうえで なんてけったいな馬の骨だと 騒ぎ散らしてもらいたい わたくしに保護は必要ありません ねこではないのですから それにわたくしはかにでもありませんから 横に歩いてはいませんよ ほら、どこにも無駄
犯罪都市、八戸シティー この街の平和を守る者たちに安息の時はない それはおもに雪のない季節の週末 市内数ヶ所で、まだ日の昇らぬうちから 彼らは密かに活動をはじめる わずかな時間で 手際よく築きあげられるその場所に 日の出とともに取引相手が姿を現し 品物と現金が交換されていく 取引が終わると 彼らはやはり手際よく撤収して そこには何の痕跡も残ってはいない 冬の明け方にもまた 恐るべき犯行の気配が漂う 市中心部某所、フェンスで囲まれたそこから 乾いた打撃音が鳴り響く 防具に身
せっかくもらった肩たたき券を なぜ使わないのかって? たしかに最近 ちょっと肩こりが辛いと思う時がある しかし今この券を使えば 幼い子どもの力でたたいてもらうのだから せいぜい気休め程度にしかならない だが使わずに温存すれば 子どもの成長とともに 券の効果がぐんと増す 価値が上がるとわかっているものを 早まって手放すのは素人のやることだ あと十年も待てば 野球部なんかで鍛えているかもしれない 今よりもっとたくましくなった 力強い腕っ節でたたいてもらえる さらに数年待てば スタ
立ち止まって 思わず二度見してしまったのは メニューボードに 〝お持ち帰りいただけます〟 と書いてあったから 馬鹿な、そんなことが許されるのか 仮にこの文句に偽りがなかったなら それはおそらく不法行為だし 偽りであったなら おとり広告にあたるだろう このまま見過ごしていいのか いや、一市民として 私には真実を確かめる義務がある 鼓動が早まるのは 使命感ゆえ けっしてやましい理由からではない 懐を確認し 意を決して店の扉を開ける そこはうつつに築かれた夢の王宮 癒やされ、やすら