映画「ナポレオン」と国民国家
フランス革命が勃発して(1789/ナポレオン20歳)、1793年にマリー・アントワネットが大観衆の中でギロチン刑に処される。
その様子をナポレオンが遠巻きに見ているところから映画は始まります。
今作はナポレオンとその妻ジョセフィーヌの愛情物語として描かれていました。
エジプト遠征(1798)でカイロまで進駐した際、ナポレオンはジョセフィーヌの浮気の知らせを聞いて怒り、少数の部隊だけを引き連れてこっそり(英海軍の包囲網をすり抜けて)海を渡って本国に戻る。
いくらラブストーリーに仕立て上げるとしても、嫉妬に狂って帰還したというのは史実を曲解し過ぎでは??と少し笑いが込み上げました。
また、ロシア遠征(1812)の責任を負ってエルバ島に流されたあと、島を脱してパリに帰還するきっかけもジョセフィーヌの浮気というw
もともと愛人稼業で生計を立てていたジョセフィーヌが、結婚後も浮気を繰り返したのは事実ですけどね。
個人的にはラブストーリーではなく、フランス革命の歴史的な意義を問うようなものを期待していました。
例えば、「自分は日本人である」というような国民意識は、今でこそ当たり前ですが、それは、このフランス革命(1789〜)をきっかけとして、ここ200年ちょっとの間で世界に広がったものに過ぎず、わりと歴史は浅いです。
日本にペリー艦隊がやってきた際(浦賀/1853)、幕府の役人たちが大騒ぎして対応を協議していた中、民衆には危機感もなく、悠長に黒船見物を楽しんでいたという話がありますが、これは当然でした。
国民意識はまだないですから、国家の危機であるという焦りは起こらない。他人事です。
(家や村、漠然とした「世間」に所属している感覚はあったと思うが、国家の一員という感覚はない。江戸時代に国といえばそれは藩です)
不思議なことに、フランス革命以降、世界中の多くの民族が「国民国家」という共同体の形成を目指すようになるんですね。
◯◯人としての誇りを持つ、というような感情(愛国心/ナショナリズム)が個人の中に芽生えるわけです。
理由はいくつか考えられますが、ひとつの大きな要因として、軍事的な強さがあると思います。
憲法を作って、人民主権で政治を運営していこうとすると、その共同体(国家)への帰属意識が強くなりますから、有事の際には徴兵令に従って多くの民衆が戦争に参加します。
王政の時代などは、兵士は金のために職業軍人(傭兵)として闘い、軍隊は王様や貴族の所有物ですから、大切なコレクション(財産)のひとつでもあり、戦争はあまり大規模なものにはなりませんでした。
ところが、祖国を守るためとなれば、大量の一般民衆が命をかけて参加し、国や家族を守るために死に物狂いで戦うようになります。
だから、国民軍は強いんです。
国民国家を作らないと、すでにそれを形成した国に対して絶対的に勝てない時代になっていった。
日本も欧米列強に対抗するため、富国強兵を目指して近代化していったのはご存知の通りです。
ナポレオンはなぜ強かったか。
数学や砲術に長けていて、カリスマ性があったのも確かだと思いますが、それだけではなく、彼が率いたのが義勇兵(国民軍)だった、というのが大きいと思います。
士気が高いだけでなく、大量に動員できるというのも国民軍の特徴です。
映画の最後に「ナポレオンが生涯で率いた兵の死者数、300万」というメッセージが出てきますが、それまでの戦争とは規模が違うことを表しています。
その後に起こる世界大戦(第一次、第二次)のような総力戦も、近代国家同士の争いだからこそなんですね。
ところで、フランス革命って結構微妙です。
ルイ16世がギロチン刑に処されて王政が廃止になったのに、ロベス・ピエールが独裁政治を行ったり、ナポレオン自身が皇帝の地位に就いたり、その後、ブルボン朝が復活してルイ18世が即位したり。
ウィーンの作曲家ベートーヴェンは、ナポレオンの勇姿をテーマに交響曲第3番「ボナパルト」を描きましたが、彼が皇帝の座に就いたことに失望し、タイトルを「英雄」に変更しています。
戦後は強力なドゴール政権も誕生しましたし、フランス人って、実は内心で強力な指導者を求めてるんじゃないの??という気がしますね。
本作は期待していたものとは違いましたが、戦闘シーンの迫力などは、映像作家リドリー・スコットの真骨頂といった感じで見応え抜群です。御年86。
とくにアウステルリッツの戦い(1805)は素晴らしい。
お時間あれば歴史の復習をしてから是非。
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