お題小説『昨夜の名残・愛の炎・豊かに流れる髪』
彼女は窓の外に広がる夜空を見つめる。月はおろか、星さえも見えないただ闇が支配するその空間を。
四角く切り取られた闇はそこに存在する何もかもを飲み込まんばかりに深く、彼女は思わず目を閉じた。室内を照らす燭台の頼りない灯りが、彼女の頬に睫毛の影を落とす。
僅かに開いたその唇から、そうっと静かに吐息が漏れた。かつては薔薇のように色づき柔らかく潤っていた唇は、見る影もないほどに色を失っている。だが、吐息は胸の内を晒すかのように熱い。
――今夜も来てくださるかしら……
二つの曲線を描き盛り上がるその胸元に手を当て、彼女は呟く。昨晩彼と過ごした時を思い返すと、当てた手にどくどくと伝わるほどに鼓動が大きくなった。
――いけないと分かっていますのに。
まだ年若い乙女である。そして、いつかは家名に沿った身分の男性へと嫁ぐことが決まっている。そんな立場で誰とも知れぬ男に心を奪われてしまうなど、あってはならないことであった。
嫋やかな手をそっと首元へ這わせる。そこにあるのは昨夜の名残。純潔を保つ彼女が、唯一彼に許した戯れだ。
豊かに流れる髪を掻き分け、首元に触れた彼の唇を思い出す。柔らかく湿った感触。そこに感じる熱。そして、初めて覚える恍惚――
あの瞳でまた見つめて欲しい。端なくも願う。この身の内に燻る愛の炎ごと全てを奪い去ってくれたなら。
ああ、と切なく声を漏らし、彼女は祈るように両手を合わせる。許されない恋心だと知っているからこそ、この身を投じ、塵芥と化してしまうまで溺れていたいと熱望した。
「――どうしたんだい、愛しい君」
不意に掛けられた低い声に彼女は目を見開き、顔を上げる。そこに立つのは恋焦がれた美しい男。
「ああ、あなた……」
未来の夫に掛けるべき名で男を呼び、彼女は彼に縋る。闇を溶かしたような色の髪を持つ男と透き通るような白い肌の乙女。二人が寄り添う姿は、あまりに背徳的な絵画のようであった。
「どうか……どうか、わたくしを連れ去ってくださいませ。わたくしは、あなた以外の男性となど添い遂げたくないのです」
このままでは、彼女の意など介さぬままに余所の貴族へと受け渡されるのだろう。
彼に出逢うまではそれが自分の務めと諦めていた。だが、今は。
「私と共にありたいと願うのか? いけない娘だ」
くく、と男は喉を鳴らし、笑う。
「しかし、それが君の願いだというなら私は応えよう。さあ、目を閉じるといい。愛しい君よ」
染み入るような低い声に頷き、彼女は目を閉じる。続けてくるであろう甘美な痛みを小さく震えながら待った。
「ああ、君は本当に美しく、とても素直で――――愚かだ」
囁く唇は既に首元に迫っていた。触れる寸前に「愛している」と溢したその唇から覗いたのは、鋭利に尖る二本の犬歯だ。
男の熱と襲い来る痛みを折れてしまいそうな白い首で受け止め、彼女は恍惚の息を漏らす。やがてガクリと力なく崩折れた体を、男は愛おしげに抱き寄せた。
「愛しい君。準備は整ったかな」
腕の中の乙女に問いかける男の瞳は、血のように紅く輝いていた。
「……はい。ご主人さま……」
開く瞼の間から現れたのは、先程の碧とは違う瞳。紅く染められたその瞳で乙女は主人となった男を見上げる。
「全て、ご主人さまの望むままに」
笑みの形を作った唇の隙間から、僅かに尖った牙が覗いていた。
……ロマンスが書きたかっt……(ぱたり)
今回もお題.comさまより、ランダムでお題を3つお借りしました。
今回はだいぶ恋愛に偏ったお題だったので、できるだけ艶っぽく書こうと頑張りました(一応R18のBL書いている人)
オチがこうなったのは、どれだけ艶っぽく書いても全年齢対象に抑えるためです。大丈夫大丈夫!
上手くゴシックホラーな空気が出せているといいなぁ……書いたことがないのでなかなか難しかったです。
またお題をお借りして何か書ければ、と考えています。短くまとめるのが苦手なので、こうやって鍛錬していかないと。
ではではー、またお会いしましょう。洞施うろこでした。
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