お題小説『手料理・浴衣姿に目が留まる・募る思い』
食卓には鱈の西京焼きと根菜の炊合せ、香の物に味噌汁、米飯が並んでいた。見事な一汁三菜だ。
「……兄さんは、まだ?」
私が尋ねると、義姉は儚げに笑って「まだお仕事が忙しいんですって。先に食べていいって言ってたから」
ゆうちゃんも食べましょう、と続けられて頷いた。私が断れば、義姉は一人での夕食になってしまう。ここまで揃えた手料理だ。温かい内に食べて欲しいだろう。
「いただきます」
義姉と二人で手を合わせて、夕餉を始める。味噌汁も、炊合せも、西京焼きも、全て兄好みの味付けだ。
「美味しい」
誰かを想って作った料理だ。不味いはずがない。例えそれが、私の好みとは違うものでも。
「ありがとう。ゆうちゃんはいつも『美味しい』って食べてくれるから、作り甲斐があるわ」
ふふ、と小さく笑う声に安堵した。図々しくも居候している義妹の私に、この人はいつも優しくしてくれる。義姉としても、一人の女性としても素敵な人だと思う。だというのに、あの愚兄は……
モヤモヤと湧き上がる感情に、胸が覆われそうになる。けれど、これを面に出すわけにはいかない。何の確証もない疑惑を義姉に聞かせるなどできない。私は、この人を傷付けたくない。この胸に募る思いをただ飲み込んでいるのだって、彼女を苦しめたくないからだ。なのに、どうして、一番に彼女を幸せにするべき兄が、
「……ゆうちゃん」
声を掛けられて、一瞬、険しい顔でもしてしまったのかと焦る。けれど、義姉は穏やかな表情でこちらを見ていた。
「今度、お祭りがあるでしょう? ゆうちゃんはお友達と行くの?」
地元で毎年開かれる夏祭りだ。高校からの友人と三人で遊びに行く予定ではあるが……
「一応友達と行こうかって話になってるけど、お義姉ちゃんは?」
兄さんと行かないの? とは聞けなかった。おそらく、愚兄は仕事だとか何とか言いながら逃げているのだろう。本当に『仕事』なのかどうかは知らないが。
「私? そうね……お留守番、かしら」
困った顔で答える義姉に、やはり、と苦い思いをする。彼女が兄を誘っていないとは考えにくい。去年は二人で参加していたとも聞いた。それなのに。
「ね、よかったら、お義姉ちゃんも一緒に行こうよ。お祭りなんだし、みんなでワイワイ騒ぐのも楽しいよ」
いいこと思い付いた! というテンションを無理矢理に作り出す。断りにくい空気を作ってでも、この窮屈な空間から外に連れ出してあげたいと思った。私が祭りではしゃいでいる間、義姉は一人でこの部屋に残されてしまう。それだけは避けたかった。
「でも、私がいたら邪魔じゃないかしら」
「そんなことないって。たまには女の子だけで目一杯遊ぼう。私がいるから大丈夫だって」
実際、友人たちもそんなに狭量な娘たちじゃない。メンバーが一人増えたところで存分に楽しめるはずだ。
「晩ごはんも屋台で済ませちゃえば楽だし、後片付けもサボれるから」
「あら、もしかして、後のが本音かなぁ?」
くすくす、と笑いながらからかう彼女に、バレたか、とおどけて返した。どうやら前向きに考えてくれるようだ。
そこからは私がふざけて、義姉がからかって、と明るい空気の中食事が終わった。
お祭り、連れて行って。子供のような笑顔でそう言われたのは、いつも通りに食器を洗い終えた直後のことだった。
毎年のことながら、祭りの会場は人でごった返していた。地方都市からも離れたような地域だというのに、こんなに人がいるのかと驚くやら呆れるやら。
友人たちには先に連絡しておいたので、すんなりと義姉の参加は受け入れられた。初めから心配はしていないが、三十分もすれば旧知の仲かというくらいにみんな打ち解けて、四人でキャッキャとはしゃぐくらいになっていた。
「金魚すくいとか懐かしー」
「やる、とか言わないでよ? 持って帰れないんだから」
四人で姦しく騒ぎながら屋台を渡り歩いた。りんご飴やフライドポテト、チョコバナナ……ありがちな食べ物の屋台の間に、射的、くじ引きと子供向けな出店が見える。いつもは寂れた商店街が活気づく夜だ。
「喉乾いたー……ちょっとかき氷買ってくる」
「あ、じゃあアタシも行く! 友奈とお義姉さんはどうする?」
「んー、私ブルーハワイがいい。お義姉ちゃんは?」
義姉に聞くと控えめに「いちご、お願いしてもいい?」と答える。友人たちは「オッケー、ブルーハワイとイチゴっと……後で払ってくれたらいいから」と残してかき氷の屋台を目指して行った。
「ちょっと、その端の方行こうか」
道の真ん中では邪魔になるだろうと、屋台の途切れた路肩に移動する。人が多いとはいえ、元の場所から離れなければはぐれることもないだろう。
かき氷を受け取ったら、どこか落ち着いて座れるところを探そう。そう周りを見渡した時、見覚えのある人影に気付いた。
背の高い男性。私と同じ癖のある黒髪が揺れている。脂下がった視線は私達に向けられていない。
その男の隣には女。明るい薄紫の浴衣姿に目が留まる。
義姉とは違う、小柄で派手な女だった。私とそう変わらないような歳で、結い上げられた髪は精一杯おしゃれしました、と言わんばかりに整えられている。飾り立てられたネイルは、相当に時間と金がかかっているのだろうと簡単に推察できる。単なる知り合いや友人の男性と会うための格好とは思えない。
そして、その女の手は男の――兄の腕に絡んでいた。
何を見せられているのか、しばらく分からなかった。ただ、目の前がすぅっと薄暗くなっていった。体から熱が奪われるような、酷く重く、渦巻くものが沸き立つような、おかしな感覚が襲いかかってきた。
何も考えられないまま一歩踏み出しかけた私の服が、くい、と背後から引かれる。そうして、私は思い出してしまった。ここに義姉がいるのだ、と。
「……疲れちゃったな、私」
小さく呟かれた声は、雑踏に掻き消されることなく私の胸を刺した。
ms5【マジで修羅場る5秒前】です(古すぎて通じる気がしない)
今回もお題.comさまよりランダムでお題を3つお借りしました。
普通に考えると淡い初恋などが浮かんできて微笑ましくなるのですが、素直に書くのはどうなんだろうと天邪鬼な考えに至りました。ええ。こういうトコやで、自分(唐突な関西弁)
ちょっぴり百合風味も漂わせつつ、不穏な空気の話になりました。
ゆうちゃんの想いは行き場を失くしてしまいそうですが、それよりも愚兄――っ!!
中々に後味の悪い話です。……次は明るい話にしたい……
というわけで、また機会があればお題を借りて何か書こうと思います。
短くまとめるのが苦手なので、本当に鍛錬になるんですよね。とはいえ、いずれはもっとさくっと縮めていきたいと考えています。目指せショートショート!
ではではー、次は明るめ次は明るめ……と自らに言い聞かせつつ……
またお会いしましょう。洞施うろこでした。
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