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毎日の抜け出し方。
すっごい美人が、吐きそうに前を見ていた。
バスに揺られるたび、顔が険しくなる。
自分がその状態であると悟られないように。
もうだいぶ手遅れなのだが。
彼女がバスに乗ったのは阪急沿線の繁華街。バスで揺れているとは思えないほどの千鳥足で、なぜか僕の隣に座った。
……いっぱい飲まはったなぁ
くらいで窓の外に目を向けるとそこには残暑の京都の夜…ではなくそこから反射する先ほどの女性の横顔。
顔の造形が素晴らしい比率を保っていて、微動だにしない表情はどこぞの彫刻さながら。
ええい、これでは痴漢と変わらない
慌てて窓から目を逸らそうとするとバスが大きくガッタンと上下に揺れる。
ほぼ反射で思わず先ほどの女性に目を向ける。
すると案の定大変なことになり始めていた。
両手を口に当て、虚空を一点に見つめ、地震を受け流す法隆寺のように揺れを受け流そうと懸命だった。
すっごい美人が、めっちゃ吐きそうに前を見ていたのだ。
慌ててカバンをまさぐる。ビニール袋があれば最高なのだが、そんなものは持ち合わせてない。
ドラえもんみたいに道具を探していると、カラオケのポケットティッシュが。
ナイス。しかし、こいつに何ができるかわからない。でもこれくらいしかない。とりあえず何とか助けたい。
どうぞ…と渡すと、スッともらってダダダッとバスから降りた。
窓から彼女を見送ると小さく会釈していた。
……ただそれだけの夜だった。
でも、その日は夏休み真っ最中。
バイト先と家の往復。毎日同じ服で、同じ道を、同じような暑さに包まれる日々。ずっと同じ日を生きている気分だった。
それほどに暑い夏だった。
そんな虚無だった毎日で、僕はなんとか気づくことができた。バスから降りた時は、あの夏から抜け出せたかのような解放感で胸がいっぱいだった。
同じ毎日でも、ちゃんと耳をすまそう。目をこらそう。
同じ毎日でも、間違い探しみたいに違う何かが絶対ある。それに気づいてあげたいな。
そのために文章を書き続けようとすら思えた。
なんでもない日の愛おしさに気づけるように。
ちゃんと書き留めれるように。
カバンにそっとビニール袋を入れてみるのも、脱出するヒントなのかも。
では、くれぐれもお酒には気をつけて。