「終わりを見送る」嬉野さんの言葉の切れはし#338
年の瀬にはやはり、そうとは気づかず、
ぼくらはやはり、何かを静かに見送っているよね。
終わっていく何かを。
それはやっぱり死んでいった者を見送るのに似ているのじゃないだろうか。
ーー嬉野雅道
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ほどなく年も暮れますね、みなさん。
去り行く年を見送り、また来る年を迎えて、
私ももうずいぶんな年齢になります。
そんなあたり前の繰り返しを、あたり前のようにね、伴に見送り、伴に迎えてきた人たちも、幾人かは鬼籍に入り、それでも年は行き、年は来たり。
なんかそんなことを思うと切ないですがね。
そんでもね、こういう年齢になると、そういうことも多くなるから、そういう風にも思いがちになるのよ、お若い人よ。
あまり年配者をお笑いなさるな。いずれ誰もが通る道。
ほんでも、あぁ、なんだろう。
この時期になると考える。
年の瀬にはやはり、そうとは気づかず、
ぼくらはやはり、何かを静かに見送っているよね。
終わっていく何かを。
それはやっぱり死んでいった者を見送るのに似ているのじゃないだろうか。
そうして、過ぎ去ってしまう何かに、
しかたがないと決別をして、
また新しく生まれ来る年を晴れやかに
迎え入れているんじゃなかろうか、とね。
ーー嬉野雅道(水曜どうでしょうディレクター)