青い沼
2024/9/8
シェフシャウエンは小さな街だ。
見所を巡るだけなら2時間、青い景色に新鮮さを感じるのも滞在2日までかもしれない。
他都市からの日帰りツアーもあるくらいだ。
しかし、この街のゆるい空気感が思考を鈍らせ、次の予定を決められないままチェックアウトが迫り、結局私は延泊することにした。
実は初日から同部屋のモロッコ系イタリア人、サームとはよく会話をしている。
彼はとても社交性があり、私達の距離が縮まるまで時間はかからなかった。
そしてもう1人。
昨夜チェックインしてきたエストニア人のタネル。彼は「大麻に関するリサーチ」の為、この街に来たという。
それだけシェフシャウエンは有名なのだ。
誰にでも気さくなサームを中心に私達3人はすぐ打ち解け、ランチがてら外を散歩することに。
ところでサームは昔、結婚しかけた事があるらしい。
というのも、親がモロッコ人なのでアラビア語も話せるうえ、イタリア国籍を持つ彼は持ち前の社交性でモロッコ人女性と仲良くなり、婚姻届にサインをするところまで発展した。
その時、相手の両親から100万MAD(約1,461万円)を請求され、直前で破綻したのだという。つまり、結婚詐欺だ。
一部のモロッコ人はヨーロッパ人と結婚することを強く望んでいるらしい。収入面、そして家族になることで容易に欧州を行き来できるからだ。おそらく永住権も取得可能だろう。まさにモロッカンドリームである。
この類はモロッコに限ったものではないが。
そんな話で盛り上がっていると、路上で1人の男が私達に話しかけてきた。
「ハシシ、いらないか?」
サームは
「ハシシじゃなくてヘロインをくれよ!」
と豪快にジョークで切り返す。
すると男は私達を物陰へ誘導し、いきなり自分のズボンを下げ始めた。
なんと、その下に更にズボンを履いている。
『えっ、何やってんだ?』
私達が不思議に思う間もなく、男はまた更にズボンを下げる。その下には更にズボン。
まさか、男は3本のズボンを重ね履きしていた。
そして、その腰紐を通す穴から、ウサギの糞ほどに丸く小分けされた包み紙を出し始めた。
ヘロインである。
持ってんのかい…
親指を器用に使い、次々と出るわ出るわ、ハシシにコカイン、ヘロイン…。
もちろん買わずに後にした私達だが
「マジックみたいだったな!」
「まるで映画、ドキュメンタリーだ!」
と大笑い。
散歩を続け、丘の上に登ると、今度は少年が話し掛けてきた。6〜7歳だろうか、その手にはベリーの入ったプラスチックコップが握られている。
「いくら?」と聞き、私は5MADでそのベリーを買った。
サーム、タネルと3人で分け合い、その甘酸っぱい実を食べていると、少年は私達から離れず、じっと見つめ、何やらサームとアラビア語で話をしている。
「美味しかったよ、ありがとう」
そう言って私は透明のプラスチックコップを握り潰そうとした瞬間
「No,No,No!!」
とサームが慌てて私を制止した。
どうやら少年は、その空になったコップを返してほしかったらしい。
またベリーを詰め、再利用するのだろう。
「あぁ、そっか!ごめんごめん!」
と、コップを返す私。
少年は私達に笑顔を見せ、またベリーを売りに歩いて去っていった。
そうこうしているうちに今日も終わってしまった。
こりゃまた延泊だな、青い沼にハマりそう。