チェンマイという街
2023/5/24
元々、チェンマイ国際空港からの移動手段はタクシーを考えていた。
前回のハノイでは大変な思いをしたので、無理をせず少し高い金を払ってでも安心して宿まで辿り着きたかったのだ。
それにしても落ち着いている。
ここにしつこい客引きはいない様だ。
それどころか、ちゃんと値段を掲げたシャトルバスまである。
ちょうど宿の最寄りで止まる路線も。
しかも50バーツ(約200円)、タクシーの5分の1程だ。
ならば、と駆け寄ったがバスは乗車数が5人に達したタイミングで出発するとの事。
幸い飛行機の遅延も無く、時間に余裕があったので、待つ事にした。
しかし、なかなか人数がまとまらない。
そんな私を気にしてか、バスのスタッフが近くのベンチで座っている私に何度も目配せをして気に掛けてくれる。
『なんだ…?なんか優しいぞ…?』
ハノイですっかりヤラれていた私には、こんな事でさえ妙に親切に感じる。
バスを待ち始めて3時間。
時刻は20:00を回り、いくら何でもこれ以上待つならタクシーにするか、と思い始めたタイミングで、スタッフに声を掛けられる。
どうやら5人は集まらないと判断し、私を含めた乗客2人で運行してくれるようだ。
『なんだなんだ…?親切だな…。』
「人数がまとまらないので運行しません」
そう言われるのも覚悟していたので、意外だった。
8人乗りのハイエースに乗客2人なのだが、何故か私だけ助手席に乗るよう指示される。
『あぁ…なるほど。少人数で送るから50バーツじゃ無理だ、と。割増料金になる、と』
そんな事を言われるのだと思ったが、もう何でもいいから早く送ってほしかったので、黙って乗っていた。
そして目的地に到着。
「50バーツです」
『50バーツ……!?』
きっちり正規料金だ…!
内心驚きながら20バーツ紙幣を3枚渡す。
お釣りを貰うつもりは無かった。
言わなきゃお釣りなんてくれないだろうし、チップでもバス会社の売上でも何でもいい。
そう思いながらドアを開け、席を降りようとした時
「お釣りです」
『……!?お釣りをくれるだと……!?』
『なんだ…!?』
『もしかしてチェンマイ、ちゃんとしてるんじゃないか…!?』
『もしかしてチェンマイ、良い所なんじゃないか……!?』
ただお釣りを返してくれるだけで感動する私もおかしいが、もう東南アジアは色々諦めていた私にとって、それは衝撃的だった。
何はともあれバスを降り、チェンマイ市街の賑やかな繁華街の中、大荷物を背負い、グーグルマップを使って宿まで歩く。
常夏の国らしく、ほとんどの店がオープンテラス仕様で、そこかしこにBARがあり、ネオンサインが夜空に映える。
その狭い道沿いでトゥクトゥク(3輪のオープンカー)やソンテウ(ピックアップトラックを改造したタクシー)が客を待ち構えている。
そんな所を、いかにもな格好の私が歩いていたら、狙われるのは当然だ。
しかし、悪質な輩には捕まらない…!
勿論、軽く声を掛けられはするが、しつこく数百メートル付いて来たり、嘘をついて誘導はされなかった。
『どうしたんだチェンマイ!歩きやすいぞ……!』
こんなにスムーズに事が進むわけがない。
どうせ宿に着いたら
「予約されてない」
とか
「支払いが完了されていない」
とか
「そもそも宿が存在しない」
とか
そんな事になるのだろう。
このグーグルマップだって正しい場所を示してるのか、当てにならない。
あらゆる事に半信半疑で歩いて行くと
『ちゃんと宿あった……!!』
あまりの順調さに動揺しながら門を開け、スタッフに名前を名乗る。
すると
『予約が通ってる…!』
『支払いも完了済み…!』
『おいおい!マトモじゃないかチェンマイ!!』
大袈裟な様だが、そうでもない。
これまで、日本では考えられない事が数え切れない程あった。
ドアノブを捻ればドアノブが壊れ
窓を開ければ蝶番が外れ
エスカレーターは足場と手摺のスピードが狂って転び
エレベーターはボタンを押しても来ない
何故か無い路上のマンホールを警戒し
料金はぼったくられ、お釣りは誤魔化され
「最低の日本人だ」と捨て台詞を吐かれる
そんな事が続くうちに、日本の常識から遠ざかっていた私には十分衝撃的だ。
内心、踊る胸中を悟られない様に平静を装い、案内された部屋に大荷物を置き、腰を下ろし、大きく溜息をついた。