ウィーリー君と脳が震えるアップルパイ
住み込みボランティアではないが、ホームステイをしていたことはある。
米マサチューセッツ州にある、ブルックラインという街。
豊かな自然と歴史的な建造物が同居した、ボストンのベッドタウンだ。
そこの一家庭にお世話になり、ウィーリー君という当時ジュニアハイスクール生の子と一緒に中高一貫校へ通った。
真ん中分けの金髪で碧眼の彼はとても明るく友好的で、あっちこっち見渡しては珍しがる私にその碧い眼をキラキラ輝かせながら
「学食のピザが美味しいんだ!」
「この窓から絶景が見えるよ!」
と、嬉しそうに色々と勧めてくれた。
それは家の中でも同じで、特に彼のお気に入りは焼き立てのパイだった。
キッチンには大きなオーブンが設置してあり、ホストマザーがアップルパイを毎朝1ホール焼いて出してくれる。
焼けた生地の香ばしい香りがリビングに広がり、テラテラと光る巨大な丸い物体をテーブルに置くと、バケツのような容器に入ったバニラアイスをディッシャーで掬って乗せ、オレンジジュースを添えてくれた。
「ママの作るアップルパイは最高だよ!」
やはりキラキラと、その特徴的な眼を光らせながらウィーリー君は言う。
なるほど、これは美味しそうだ…!
いかにもアメリカらしい朝食に期待が膨らみ、取り分けてもらったそれにナイフを入れ、少し溶けたアイスと絡めて口に運ぶ。
その瞬間、脳が「ブルッ」と震える感覚を覚えた。
…凄まじく甘い…!!
いやアップルパイが甘いのは当たり前じゃないか、と思うかもしれないが、そんな次元ではない。
「甘い」という味覚を感じるよりも先に脳がブルブルと震える。そのくらい甘いのだ。
一瞬、頭が真っ白になった私をウィーリー君がニコニコと見つめ、リアクションを期待してる。
「何か言わねば…!」
ドクドクと鼓動が早くなる。緊張しているからではない。血糖値が爆上がりしているのだ。
必死に正気を保ち「Oh,very good…!!」と返すと、彼のテンションは朝から最高潮になり「でしょ!まだまだあるよ!!」と再び取り分けてくれる。
『勘弁してくれ…もう十分だ…。むしろ限界だ…!』
まさかそんなことは言えるはずもなく、私は眼を見開きギラギラ輝かせながら、震える脳の心配をしつつ食べ終え、また学校に向かったのだった。
ウィーリー君、元気にしてるかな。
アップルパイ、美味しかったな。
もう会えないと思うけど、また一緒に食べたいな。
もう20年以上前の話である。