混沌の序章

2023/9/16

「水とコーラ、どっちがいい?」

宿から近所の食堂で必ず聞かれる。

「水で」
と言うと、ガッシリとした強面の男性店員はニコッと笑い、首を横に傾げる。
丁度それは、日本の女性が取るかわいい仕草と同じだ。
『随分お茶目な人だな』
そう思ったが、どうやら違うらしい。

バングラデシュではこのかわいい仕草が“わかりました”の意となり、日本人が縦に頷く事と同じなのだそうだ。


あざとくて何が悪いの?




いいえ、何も悪くありません



時刻12:00。
オールドダッカという旧市街に向け、激しい濁流の様に流れるローカルバスを見つめる。

どれに乗ったら良いのか全くわからない…。

宿を離れたらネットが使えない上に、ベンガル語は1ミリも読めない。英語もほぼ通じない。


バス停?時刻表?




ここはダッカですよ?

立ち尽くす私にバス乗務員の男が叫びながら手招きする。
咄嗟に、走るそのバスを追いかけ

「オールドダッカ!オールドダッカ!」

「わかった!乗れ乗れ!」

言葉が通じてる気はしないが、とりあえず飛び乗る。
乗客の視線が一斉に私へと向けられる。

乗務員はニヤニヤと笑みを浮かべ、イタズラっ子の様な顔つきで楽しそうだ。

「どこの人?」

「日本だけど。それより、その顔はもしかして、オールドダッカに行かないんでしょ?このバス」

大勢の乗客が笑う。どうやら、オールドダッカという単語だけは通じているらしい。

「オールドダッカに行きますか?」

ハハ…ハ…と苦笑いする運転手。


「やっぱ行かないんじゃーーん!」


全員大爆笑。

私は何故かハイタッチをして盛り上がり
「いいよもう降りる降りる!」
と、走り続けるバスから飛び降りる。
そして笑顔で乗務員と親指を立て合う。
もちろん代金は払っていない。

騙されたけど
何かすごい楽しかったな




えっ、もしかしてコレ




インド始まってる?



一瞬も途絶える事の無い喧騒。
日本の約4分の1の国土に1億6,000万人。
そのうちダッカ首都圏に1,600万人以上住んでいるのだ。
サラウンドするクラクションの連射。
縦横無尽に行き交う車、バイク、人。
漂うガソリン臭、砂埃にみられる深刻な大気汚染、肌をジリジリと照りつける日差し。

五感全てにダッカを感じる

なんというのか、理屈ではなく
本能に直接訴えかけてくる興奮があるのだ

それは例えば音楽好きが、爆音で鼓膜を揺らされた瞬間。
或いは車、バイク好きに響くエンジン音。
ともすれば、火を覚えた原始人が焚き火をして盛り上がるカーニバルの様な。

そんな説明し難い高鳴りが、理性を狂わせそうになる。


2度目のバス挑戦。
同様に走るバスを追いかけ「オールドダッカ!」と叫ぶが、今度は違う違うと言われて断念。
こんな事を続けていてもキリがない。
本当に歓楽街のタクシーの如く、バスが何十台も辺りを走っているのだ。

作戦を代えて、英語が通じそうな人を探す。
そこにキリッとした正装のイスラム教徒、所謂ムスリムの男女が目に留まった。
幸い言葉が通じたので話すと、彼らもオールドダッカに向かうらしく、案内してもらい同じバスに乗った。


車内で隣になった若い学生。
私が日本人だと知ると
「バングラデシュにとって、日本は一番の友好国なんだ」
と言い、車窓から覗く景色や建物を親切に説明してくれた。

とにかくバングラデシュは親切な人が多い



先の騙されたバスの件も、悪気はそれほど無く、ただのイタズラ心にも感じる。
これがもしインドだったら、しれっと最後まで嘘をつかれ、わけの分からない場所で降ろされた挙げ句、高額な料金を請求されていたのかも知れない。



えっ、もしかしてコレ



インド始まってる?




それはまだ分からないが、おそらくインドに勝るとも劣らないのが、やはりこの大渋滞である。
尋常ではない。全く進まないうえに、日本の様に整然としているわけではない。

縦、横、斜め。
車、バイク、人、叫び声、クラクション。
全てが入り乱れ、その隙間は数センチ。
渋滞中もどんどん人が乗り込んでくる。
一旦降りて、お菓子を買って戻ってくる人も。
むしろ商人が車内に乗り込んできて、飲み物などを売り込みに来る。

よくぶつからないなと思うが、そんなことはない。バスも車もボッコボコだ。


車線?割り込み?



ここはダッカですよ?




結果
23kmしか離れていないオールドダッカまで
3時間以上かけて到着


ともあれ無事に着くと、案内してくれたムスリムの男女は
「これから何処に行くんだ?」
と私に聞き
「スターモスクを見に行きたい」
と伝えると、そこは徒歩だと遠過ぎると言い、なんとリキシャ(日本の人力車とほぼ同じ)の運転手と交渉までしてくれた。
それも安く乗せる人が見つかるまで、何人にも話しかけながら…。


アッサーラムワーライコン



【あなたの上に平和を】


小樽で出会い、度々お世話になっている旅仲間、タカシさんから教えてもらった言葉だ。

それを御礼として伝えると、彼らはニコッと笑って応えてくれた。


かくして私は
最も混沌とした中心部

オールドダッカを見ることになる

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URBANRANCH
2023年3月から世界中を旅して周り、その時の出来事や感じた事を極力リアルタイムで綴っています。 なので今後どうなるかは私にもわかりません。 その様子を楽しんで頂けましたら幸いです。 サポートは旅の活動費にありがたく使用させて頂きます。 もし良ければ、宜しくお願いいたします。