♡今日のひと言♡谷川俊太郎


 ・・・we know that the ultimate happiness  is to have someone by your side, and being able to touch hands with that person anytime・・・
~Pluses and Minuses「足し算と引き算」

でも今じゃみんな知ってる 幸せはいつだってささやかなものだってこと
不幸せはいつだってささやかなんてものじゃすまないってこと・・・


「足し算と引き算」
 
詩:谷川俊太郎
 
何もないところに忽然と立っている
ひとりの女とひとりの男
そこからすべては始まる
 
青空?よろしい青空をあげようと誰かが言う
そしてふたりの頭上にびっくりするような青空がひろがる
地平線?よろしい地平線をあげようと誰かが言う
そしてふたりの行く手にはるかな地平線が現れる
その誰かが誰かはいつまでも秘密
ふたりはただ贈り物を受け取ることができるだけ
 
それからこの世の常で ありとあらゆるものが降ってくる
お金で買えるものもお金で買えないものもごたまぜに
ふたりはとりあえず椅子に座る
椅子に座れるのは幸せだ
次にはテーブル
それがいつの間にか見慣れたものに変わっていくのは幸せだ
朝の光の中でふたりはお茶を飲む
いれたてのお茶を飲むのは幸せだ
だが何にもまして幸せなのは
かたわらにひとりのひとがいて
いつでも好きなときにその手に触れることができるということ
 
昔はそんなのはプチブル的だなんて言う奴もいた
でも今じゃみんな知ってる
幸せはいつだってささやかなものだってこと
不幸せはいつだってささやかなんてものじゃすまないってこと
 
しかし幸せはいったいどこまでささやかになれるんだろう?
この当然の疑問に答えるために
ふたりは茶碗をたたきつける
テーブルをぶっこわす
椅子を蹴倒す
この世の常なるものをなにもかも投げ捨てて
青空を折り畳み地平線を消してしまう
そして少し不謹慎かもしれないがすっぱだかになる
驚くべきことにそれでも幸せはちっとも減らない
 
ひとりの女とひとりの男は手に手をとって
我ながら呆然として何もないところに立ち尽くす
すると時間の深みからまたしても
あの秘密の誰かの声が聞こえる
 
「なんにもないのになにもかもある
それこそ私の最大の贈り物、それを私は愛と呼ぶのだ」

「真っ白でいるよりも」(1995)   集英社



谷川俊太郎(1931~東京・詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家)
1952年に「二十億光年の孤独」でデビュー。以降、詩作にとどまらず、さまざまな分野で活躍を続けている。受賞作品多数。代表作に詩集「六十二のソネット」(1953)、「落首九十九」(1972)、訳詩集「マザーグースのうた」(1975)など。



2024.8.7
Planet Earth

To Prof. Shigeo Tobita.
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福田尚弘
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