リバースモーゲージ再考-経緯・現状・行方-

 リバースモーゲージが改めて話題になっています。住宅を担保にした融資制度ですが単なる融資制度・商品ではなく、住宅の資産化やまちづくりなどにも大いに関連しますので、少々長めですがこのマガジンに投稿します。不動産、金融関係の方々には周知のことが多いかもしれませんが多くの分野の方に理解していただきたいと思います。

 本当稿は筆者が㈱価値総合研究所所属時(2016年)に執筆した「リバーシモーゲージ再考」(土地総合研究 第24巻第3号2016年)に修正・加筆したものです。

 また、併せて、「リバースモーゲージ概論」として同じく「住宅・オフィス」マガジンにも掲載しますのでご覧ください。

■まえがき

 リバースモーゲージは1981年の武蔵野市の制度化に端を発し、近年では金融庁での資産活用の推進等も含めて何度も話題になってきました。
初期のころは「リバースモーゲージ」は「一般の住宅ローンである、フォワードローン(抵当融資)と区別するために、「リバースモーゲージ」(逆抵当融資)と呼ばれています。「リバース」は“逆の”、「モーゲージ」は“抵当融資(ローン)”を意味しています。」等と基本的な説明を前置していましたが、今や一般用語となりました。
 リバースモーゲージに関して最初の書籍*1として発刊したのが24年前の1997年ですが、その後、多くの文献・資料が出されてきましたし、制度・商品も大きく様変わりしています。

 制度的に成熟し、実績をあげている米国のHECMは武蔵野市より遅く開始されましたが、本当の意味で住宅資産を活用して生活資金とする仕組みとして完成された制度です。1990年からの25年間の累計契約件数が約100万件に達しましたが高齢世帯の8%程度でありリバースモーゲージ自体はメジャーな制度・商品ではありません。しかし、エクイティ・ローンも含めて、資産としての住宅を活用する基盤は出来ており、一定の維持管理をしていれば、住宅をいつでも相応に利用できる状況になっていることが重要なことです。
我が国でも、現在では国及び64行の金融機関が扱っており、隔世の感はありますが、まだまだ、十分なものとは言えません。

 リバースモーゲージの導入時等に福祉面からの視点で諸外国の制度を研究し、参考にしてきましたので、その際に最も重要な住宅の資産化については対象外でした。諸外国では、当然のごとく、一定の維持管理をした住宅は実態的に資産であることを前提にしていました。一方、我が国では住宅購入を資産形成のための投資とは考えていませんでしたし、資産では無いことの認識も薄かったと思われます。
 近年、住宅に関する社会的な話題となってきた「中古市場」に関する議論も、そもそも論として、資産価値の無い中古の物件に過ぎない住宅を単に改修等により市場化する等のみでは将来的なストック社会の構築には道が遠いものです。
 リバースモーゲージは本来は居住用資産を担保としたノンリコースローンですが、我が国では、その担保となる住宅自体に資産価値が無いことにすべての課題が帰着していますので、現状では本格的に普及させることは困難です。
 リバースモーゲージについては、制度・商品の紹介・課題・設計、リスク回避方策等に関する多くの論文がありますが、本質的にリバースモーゲージの今後を議論するには、その前提である、住宅の資産化について議論しておく必要があります。

 本稿では以上の背景の下に改めて、導入経緯を振り返り、初期の頃の成立に関わる事項について触れつつ、我が国、海外の状況等を紹介し、リバースモーゲージの本来の意義及び今後の行方等について再考してみました。

0.リバースモーゲージの仕組み等

 リバースモーゲージと通常の住宅ローンに比較して、その相違をまとめてみました。(図表1参照)
 住宅ローンが住宅を目的にして、その購入資金をまとめて借り入れて、それを年々返済するのに対して、リバースモーゲージはすでに所有している住宅を担保に生活資金などを適宜借り入れて、死亡時に住宅を処分して一括返済するものです。現在居住している住宅を売却することなく資金を取得することが最大のメリットです。
 近年登場した新たな住宅購入タイプはまとめて借りて、死亡時に一括返済するものですので両方の性格を有しています。
 利用者の目的・用途は当初は有償の福祉サービスの対価から始まり、生活資金全般、不慮の入院費用、住宅の改修そして旅行等のより生活を楽しむためへと福祉的な視点から資産活用そして生活の享受へと変化しつつあります。さらには、継続居住がメリットであり前提でしたが、近年では住み替えのためのスキームが登場し、さらには、住宅修繕・購入のため、そして、老人ホームへの入居のためにも活用されつつあり、高齢者居住施策としても重要なシステムとして考えられるようになってきました。
 このように、時代のニーズを反映しつつ徐々に新たな商品が登場し、新たな展開が期待されています。

図表1 住宅ローンとリバースモーゲージの比較

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出典:超高齢社会の常識 リバーシモーゲージ(日経BP社 村林正次/山田ちづ子)

 リバースモーゲージは潜在ニーズがありながら、普及して来なかったのは不動産(下落)リスク・金利(上昇)リスク・長寿リスクと呼ばれる三大リスクがあるからでした。(図表2 参照)。
 これらの解決は一定の契約数があれば保険や金融技術的な手法により解決可能と思われますが、一定の契約数を短期に確保すること自体が課題となっていますので難しい状況にあります。さらに言えば、これらのリスク以前の問題として、住宅(居住用不動産)の担保としての本来の資産価値が欠如していることが最大の課題として指摘されます。
 すなわち、一般の住宅ローンが実は本来の「モーゲージローン」ではなく「クレジットローン」であることがそのことを物語っている。要するに担保価値を住宅本体には見出せず、借り手の支払い能力に依存していることに他なりません。このことが、リバースモーゲージが本格的に普及しない根源的課題です。但し、一方で、今後普及の可能性が無いと言う訳ではなく、現状においても一定の土地の資産価値はあるため、根源的な課題の解決と併せて、多様な制度・商品の登場は期待できます。

図表2 リバースモーゲージのリスク(三大リスク)

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   出典:図表1と同様

1.我が国のリバースモーゲージの意義と官民の制度・商品導入の経緯

 リバースモーゲージは居住する住居(土地・建物)の資産価値を担保にした融資ですが、その導入目的・背景は様々です。在宅福祉、生活費の補完、豊かな生活資金、住居の取得・リフォーム資金、転居費用取得、震災復興住宅の再建等です。
 我が国では有償福祉サービスの負担から始まり、生活費の補足そして転居等であり、フランスでは、住居の取得、老後生活費の確保等、米国では在宅福祉、資産の有効活用(生活費の補足等)でした。

(1)自治体の制度:有償在宅福祉サービス(武蔵野市)
 1970年代から、高齢化問題は盛んに議論され、リバースモーゲージはその一環として各種の研究がなされ、武蔵野市が1981年に先陣を切って条例化・制度化しました。
 リバースモーゲージの嚆矢であった武蔵野市の制度は有償福祉サービスの導入が契機でした。当時は介護保険導入(2000年)の30年以上前であり、福祉サービスのあり方自体が議論されていた時代でした。武蔵野市では1973年に老人食事サービスを他に先駆けて開始しましたが、これを契機に1975年に近隣4市の共同助成によりケアセンターを設立して、デイホーム、入浴サービス、リハビリステーション、ショートステイ等を実施していました。
 「市内に住む高齢者の資産が大きいことを前提に、居住として住むことを認め、それを担保に生活費を貸し付けることが出来たら、生活保護の適用は必要ないのではないか(「新しい老後創造」より)」との考えをもとに、「武蔵野市老人のための明るいまち推進協議会」が「老後保障問題研究会」を発足させて、「老後生活の必要なサービスと資金の融資を受けることができる拠出型のシステム研究開発」を委託し、1978年に「老後生活保障基金制度研究報告書」が市長に提出されました。
 ここには、担保融資方式以外にも財産預託制度を具体化するために不動産譲渡による弁済契約、負担附贈与と使用貸借を組み合わせた契約、死因贈与等と幅広く専門的な検討がされていました。
 資産を担保にした融資の考え方は「金持ち優先」等の批判が危惧されたようですが、好意的に報道されたため、関連予算が計上される等、前向きに検討されました。しかし、「持家所有者への優遇であり、行政の制度に馴染まない」(資産を担保に融資を受けるだけであるため特段の優遇措置ではないが)との批判はその後、現在に至るまで議会で指摘・問題視されてきたことには着目すべきです。
 この批判については、「施設入所という公的援護施設措置によるものではなく、住み馴れたところで一生を全うしたいという自らの住居を有する在宅老人のニーズに最も適合した援護措置である」としています*2、*3。

 1980年に有料在宅福祉サービスを担う武蔵野市福祉公社が設立、1981年に武蔵野市福祉資金貸付条例が施行され、福祉資金貸付事業が開始されました。長年に亘る専門的な検討も踏まえたものであり、融資物件も借地やマンションも対象としており、かなり、幅広な使い勝手の良い制度でした。当時は画期的な制度として大きな関心を呼んだものでした。
 このように「ハウス(ストック)リッチ、キャッシュ(フロー)プア」の高齢者に対して福祉面での在宅有償福祉サービスからのアプローチ(公社による有償福祉サービス利用料等への融資)でした。

 この制度は単に、「自らの資産を担保にした融資」(最終的には一定の利息で返済する)であるにもかかわらず、「持家所有者優遇」等の批判があり、行政の直接融資型は同市の他は中野区に留まり、他の自治体では、自治体が窓口(社会福祉協議会)となり民間金融機関が融資を実施する間接型融資となりました。これは武蔵野市でも議会で問題視された「金持ち資産持ち(住宅所有者)優先・優遇措置である」ことに留意したためと思われます。

 武蔵野市ではその後、市の制度とともに国の制度と民間の商品のすべてが揃ったこともあります。
 本制度の嚆矢であり、大きな役割を担ってきた武蔵野市の制度も発足後34年を経て、2015年3月に終了しました。福祉資金貸付制度の在り方に関すること及び財団法人武蔵野市福祉公社が実施する有償在宅福祉サービス事業の在り方を検討するため設置された「武蔵野市福祉資金貸付制度見直し検討委員会」(平成24年10月設置)は、廃止の理由として、「有償在宅福祉サービスの需要・供給の低下」「介護保険制度の創設・普及」「国の貸付制度の導入及び民間の関連商品の拡充」「不動産価格低下リスクの顕在化・担保割れ」「利用者数が近年は20件/年程度で推移」等であり、所得制限も無いことなども含めて、本制度の意義が薄れていると結論付けています*4。
介護サービス利用料のための所有資産を担保とした融資措置にも関わらず、以上のように議会にて「持家優遇」「不公平性」が問われ続けられ、また、契約件数が少ない割には事務量が多い等の理由で、役割が終焉したとされました。

 武蔵野市に続いた、中野区(直接融資方式)や世田谷区(間接融資方式)等の約20自治体もすでに終了し、公的制度としては同様の趣旨である国の不動産担保型生活資金融資(2003年)(旧長期生活資金貸付制度)へ事実上、移行しました。国の制度はこれまでに大都市圏を中心に千件以上の契約実績数がありましたが、全国ベースでみると近年でも年間100件程度であり、十分普及しているとは言えません。これは、地方圏では土地価格が低いため融資額が小さいことや契約に至るまでが煩雑で理解しにくい面、さらには窓口である自治体の社会福祉協議会の事務的負担も大きいためと思われます。本制度は現時点では「不動産担保型生活資金貸付制度」と改称されて、自治体の制度もこれに集約されました。

(2)民間の商品:住宅取得及び生活資金の獲得

 先導したのは自治体の公的制度でしたが公的制度に続いて、1980年代後半には、「ストック・リッチ、フロー・プア」の高齢者のフローの増大、消費力の拡大を目指した商品として、信託銀行により、次々と民間版の商品が登場してきました(最初の住友信託銀行は武蔵野市における制度検討研究会のメンバーの一員でした)。
 1980年代後半からはすべての信託銀行が高額資産保有者を対象に商品化しましたが、これらは企業の合併もあり、現時点では三井住友信託銀行のみが商品を有しています。その後、住宅金融支援機構の住宅融資保険創設(2009年)後に都市銀行や信用金庫・信用組合等が参入(大半が2012年以降)し、現在(2020年度)では71機関が扱っています。これらの金融機関では、本来は不動産(居住用資産)を担保にした制度・商品ですが、転居を目的にした「借り上げ制度」(JTI)を活用したものも出ています。これはリバーシモーゲージでは無いですが広義の居住用資産の活用による資金化と言えます。

 さらに、フリーローンとして、ホームエクイティ・ローンの導入も始まりました。みずほ銀行(2014年)が返済した分を担保とするものであり、自社ローンの契約者が対象です。千葉銀行等でも取組み始めています。
 信託銀行以外では東京スター銀行(2005年)が先駆的に開始しました。これは使い勝手の良さ(預金連動型等)もあり多くの契約件数ですが、他の都市銀行等は後塵を拝しました。
 また、旭化成やトヨタホーム等の住宅メーカーが関連のファイナンス会社と連携した商品も出てきましたがいつの間にか無くなってしまいました。
 住宅ローンの金利が歴史的な低水準であり、新築件数が減少している中で、新たな収益源として位置付けており、支援機構の保険やJTIの借り上げ保証等を活用して商品化していますが、積極的な対応をしていないこと及び個々の金融機関の商品の一つとしてでは、一般への認知には限界があると言えます
 また、都市銀行では大都市圏が対象であり、地域金融機関は営業エリアに限定されているため、地域によっては融資可能な金融機関が無い状況が続きました。担保対象はいまだに戸建て住宅の土地が主流であり、大半はマンションは対象外です。マンションは確かに、一戸のトラブル(個人トラブルからから災害まで)が他の全戸に影響するためリスクが高いと評価されているのは一理ありますが、都心部の良好な管理物件では、資産価値は戸建てに比べて、高く・安定していると思われます。(諸外国では一定の管理がされている戸建住宅地の方が共同住宅より資産価値が高く、リスクも低いが、我が国では本来的には両方共にリスクを低減できたはずである)。
近年は金融庁などが資産の活用などを重視しており、金融機関にリバーシモーゲージ導入を期待したこともあり、形としては地域金融機関も含めて多くの金融機関が商品化しています。

2.アメリカHECM(Home Equity Conversion Mortgage)とHE(Home Equity)

(1)HECM
 我が国のリバースモーゲージは前述したように1970年代に諸外国の関連制度も参考にしつつ導入が検討されましたが、その中心的な海外の制度は英国のエクイティ・リリースそして米国の初期の諸制度・商品でした。
 米国の取組みは比較的遅く、1960年代に自治体により固定資産税延納制度(PTD:Property Tax Deferral)等のプログラムが創設されましたが、その後は1980~1890年代に民間により各種の商品が販売されました(その後、HECMの確立とともに民間商品は撤退)。そして、それらの経験を踏まえて国の制度として完成されたのがFHA(連邦住宅庁)のHECMでしたが、これは先進的でしたが、武蔵野市の制度導入(1981年)から、9年遅れの1989年に制度化されました。
 FHAは各種のリスク回避のための公的保険を1988年に発足させ、これに基づいて、1989年に実験事業として開始したのがHECMです。
 民間の商品は高額資産保有者を対象としていましたがHECMは低額資産保有層及び低所得者層を対象に、在宅福祉を推進することを目的としており、    これは我が国の先行した自治体の制度と同様です。国の制度ですが融資はFHAが直接融資するのではなく、FHAにより承認された民間金融機関が実施します。同時にすべてのリスクは国の保険が負担するため、金融機関及び利用者にとって使いやすい制度として広く普及しました。契約件数は開始当初はわずかでしたが、急増して、2009年には11.4万件/年に達しました。2008年のリーマンショックの影響で減少しましたが、その後も5~7万件/年の水準で推移しています。
 2016年3月現在の累計契約件数は約100万件ですが、それでも持家高齢者世帯の数%程度の割合です。
 HECMには、所有住宅の流動化の他に、住宅購入のためのHECM for purchaseもあります。一定の頭金を用意すれば、購入する住宅を担保にした融資を受けることができます。我が国にも、震災復興の住宅再建のための制度が用意されましたが、担保は所有している住宅建設のための土地でした。近年では住宅金融支援機構によるリ・バース60が取得住宅を担保にしたものとして展開しています。

図表3 HECMの契約件数の推移

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出典:http://portal.hud.gov/hudportal/HUD?src=/program_offices/housing/rmra/oe/rpts/hecmsfsnap/hecmsfsnap

(2)HE(Home Equity loan)
 リバースモーゲージとホームエクイティ・ローンは異なる仕組みですが、資産を資金化する面では同様であり、相互に比較されるものです*5。
 ホームエクイティ・ローンは返済した分は資産として価値があるものとしてそれを担保に融資が受けられるものです。これは、まとまった一時金の場合一定の枠を決めて随時引き出せるもの(HELOC:HomeEquity Line of Credit)の2つのタイプがあります。我が国でいえば、前者はまとまった資金が必要なリフォーム型のリバースモーゲージ(返済中は不可)であり、後者は無担保カードローン(資産の担保がないことは大きな違いです)に類似しています。両者の特徴は次表のようにまとめられます。


図表4 HECMとHELOCの比較

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 ホームエクイティ・ローンは我が国では消費過剰となり借金漬けとなるなどのネガティブなイメージがありますが、あくまでも信用力に基づくクレジットローンであり、しかも、担保価値の範囲でのローンであるため、貸し手も借り手も合理的な行動となあります。HEに慎重な一方で我が国では無担保の消費者ローン(少額、高金利)が普及しています。
 住宅が資産となっていれば、現役時代は「ホームエクイティ・ローン」、老後は「リバースモーゲージ」を利用することが可能となります。

3.フランス:ビアジェ

(1)ビアジェ
 フランスのビアジェは「債務者が特定の第三者が生存している間、一定金額の支払いをするという、終身定期金契約」でありフランス民法典・第3編所有権取得の種々の方法・第12章射幸契約(第1968条~1983条)に規定されています。
 フランス民法典に準じている我が国の民法にも、同様の「終身定期金契約の条項(法689条~694条)」があります。日本でも普及すると予想されましたが、現在までほとんど利用されていません。
 ビアジェは融資では無く、不動産の売却であるため、いわゆる、リバースモーゲージとは仕組みは異なりますが、居住用資産を資金化する意味では同様と考えられます。
 ビアジェの詳細は多くの文献にあるので、ここでは簡単に紹介すると「居住用不動産を売却(売り手は虚有権を売却し、居住権は保有)した上で、存命中はそのまま居住継続しつつ、年金支払いを受ける」ものです。これは不確実性(死亡時が不明であり、金額も特定できない)を前提としたものであり、不確実性があるからこそ民法で規定されていますし、射幸性自体が条件となっています。一方でこの射幸性が高いとの批判もあります。
 この目的は、売主は買主から死亡するまで定期的に支払われる年金の取得であり、買主はそれと引き換えに売主が死亡した際に住宅を取得することです。買主にとっては、住宅を市場価格より廉価に取得する可能性がある一方で、年金支払い額が増加して高価な取得となるリスクも有するものです。この制度は個人対個人の相対取引であり、双方にとって不確実があるという前提で成立しています。当時は現在のような住宅ローン商品は無かったため住宅取得の手段でもあり、高齢者にとっては年金代わりとして広く利用されてきました。
 対象となる住宅は、多くの人々が住みたいと思っているが高価であるもので、パリ周辺地域や買手の老後を過ごすためのリゾート地であるニース周辺地域等が人気のようです。対象となる住宅は将来的には値上がりするような物件であり、途中で転売もできるため、投資的な側面もあります。

(2)ビアジェの証券化商品
 長年に亘り普及してきたフランスにおいても個人対個人という不安定な契約であり、売手に対して買手が少ないという需給ギャップを解消し、投資家としての多くの多様な買手が参入することが出来る仕組みとして「ファンド」のスキームが導入されました。
 多くの契約を束ねることにより、売手にとっては民法典による法的規定に加えてさらに安定性を拡充し、買手にとっても利益を期待できる投資対象となるものです。
 2010年にビラージェ・ビアジェ社(Virage –Viager)が第一号のビアジェ・ファンドを創設しました*6。
 我が国においてもビアジェの導入について検討した経緯がありますが、その際には射幸性を低減させ、各種リスクを低減させるために「証券化スキーム」の導入が提案(1998年)されました*7。
 当時の法制度の下では①不動産売買契約、②終身定期金契約、③使用貸借契約の3つを包括した契約としての構成とされ、また、証券化においては「不動産特定共同事業」を想定していました。
 当時としては先進的な試みでしたが、最終的に担保とする居住用不動産の処分が条件であるため、物件の対象地域は限定されます。また、居住用資産の譲渡所得の非課税等の税制面での課題もありますが、フランスで実施されているように、我が国においても再考の価値はあると思われます。

(3)ビアジェ抵当権付終身貸付の導入
 一方で、ビアジェはその後、米国のHECMをモデルとし、英国、スペイン等の諸制度を参考にして「抵当権付終身貸付」が2007年に新設(2006年にフランス担保法が改正)されました。
 これはHECMと類似したリバースモーゲージ商品ですが保険や証券化スキームが組み込まれておらず、各種のリスクを金融機関が負う構造になっています。所有権者が死亡した際には、相続人は債務を返済し、住宅を相続することが出来きますが、債務額が物件の価値よりも大きい場合は物件を明け渡すことを選択することになります。逆に、債務額よりも売却額が上回った場合は、その差額を相続人に償還する必要があります。
 米国では1990年代に住宅価格の値上がり分の50%をリスク回避の保険料としたシェアードアプリシエーション方式をとった商品が出ましたが、借手(相続人)にとっては不利であり、融資サイドも他のリスク回避が十分でなかったこと、HECMが確立したこと等から終了しています。
 金融機関は抵当物件を所有することを忌避するために関連の不動産会社が所有して、一定の時間をかけて処分するようで、これはリスク回避の一つの方法として有効と考えられます。
 我が国では多くの一般の住宅ローンにおいて、金融機関の関連保証会社が抵当権を取得しますが、その保証会社自身あるいは不動産会社と提携してリノベーションも含めて再販する方法も有効と考えられます。
 ビアジェはこれまでの累計契約数が数十万件に達していますが、現時点では住宅ローン商品も整備され、射幸性の問題もあり、やや低迷しましたが2006年以降は年間4千件以上となり持ち直しているようです。上記の新たな商品である、ビアジェ抵当権付融資商品の影響はあまり無いようです*8。


4.普及されるための方策等と今後の見通し

(1)住宅の資産化とノンリコース
 通常の住宅ローンにおいても、本来は担保となる住宅に資産価値があることが大前提です。米国においては融資の際には借り手の信用力(FICOスコア)を最大重視しますが、デフォルト時に売却した際に、住宅の売却価格がローンの残債額を上回っていることを前提としています。住宅ローン保険の保険対象が購入価格の20%であることは少なくとも、いつでも80%以上(諸コストを考慮すると事実100%)で再販できることを意味しています。米国においても原則はリコースローン(事実上は売却額が債務額を下回ることは無い)ですが、州によっては不足金請求禁止等(Antideficiency rule)を条例により規定(残債訴求禁止条項)することによりノンリコースとしています。

 我が国では、所得税法において、債務免除益が生じた場合は課税対象になりますが「資力を喪失して弁済できない」ことを条件に債務免除益を所得にしないことができる措置もあります。
「担保物件の売却代金が借入金額全額の返済に不足する場合でも、不足する分の請求はしない」として、ノンリコースを謳っている金融機関もありますが、「ただし、不足する分について、相続人に債務免除益として一時所得が発生し課税される可能性がある」ことを明記していない場合もあります。債務を引き継ぐ相続人は返済余力がある場合も多く、一般のローンデフォルト者とは事情が異なるためグレーゾーンであり、個別に税務署が判断することになります。

 米国の住宅ローンがノンリコース的と言われるのは条例によるノンリコースのことを指すのでは無く、事実上、融資額を上回る資産価値を有することを示しています。住宅の資産価値はスタイルやデザインが担保しますが、事実上のノンリコースとするために住宅単体はもちろん住環境としての価値を維持するためにHOA(Home Owners Association)の加入及び組合費の支払いを契約書面で表記しています。
 リバースモーゲージは借り手の信用力ではなく、住宅の担保力に依存するノンリコースローンであるため、住宅の資産価値がより重要となります。

 住宅自体の資産価値とともに米国のHECMはFHA保険(それなりの保険料)により、また、英国のライフタイム・モゲージでは、業界団体である、エクイティ・リリース・カウンシル(旧SHIP:Safe Home Income Plan)によるノー・ネガティブ・エクイティ・ギャランティ(NNEG:No Negative Equity Guarantee)規範により、事実上のノンリコースを実現しています。
各国の諸制度・商品でも、国々の事情に応じたリスクヘッジ方策が取れていますが、これは当然、住宅に資産価値があってこそです。
その上で、ノンリコースとなる債務免除益の非課税対策としては、法的に規定することが望まれます。これにはモラルハザード問題が付きまとうことになります。デフォルトすると借り手の信用力が低下するため、不用意にはデフォルトは出来ませんが、もともと信用力が低い利用者にとってはそうではないため、不用意に融資することはサブプライム問題を起こすことなる可能性も考慮する必要があります。
 一方で、代位弁済的な保証・保険をノンリコース的融資とするために改善することは可能と考えられます。一定の条件で融資物件を選定することにより、保証料等により対応可能ですし、また、買取り、リノベーションそして再販により、残債を回収することは十分可能と考えられるため、これらを含んだ新たな仕組みも想定されます。

(2)リバースモーゲージの新たな役割
 リバーシモーゲージはそもそも「自宅を売却しない(住み続けられる)で現金を得る」ための、不動産の流動化方策です。しかし、資金ニーズは多様化しており、リバースモーゲージを巡る下記のような環境変化があります。
a.本人の意向とは別に事実上、介護施設への転居等の確率が高く、「自宅で死ぬまで住み続けること」が難しくなっています。また、地方等への移住意向も高まっています。
b.相続人が居ない、あるいは相続しないケースが増加しています。資産価値が無い(売却出来ない,
保有コストを下回る等)場合が多いためです。
c. 再販可能なリノベーション等により、多少は住宅に資産としての価値のある物件が出てきています。
d.リノベーション及び建替えニーズの増大。個々のバリアーフリー化や生活パターンの変化に応じて、老朽化した自宅の改修及び建替え(戸建て及びマンション)に対するニーズが増大しています。また、再開発事業や共同化事業等への参画することになる可能性も増えています。

今後、既存の商品の拡充とともに、以上のような状況を反映して下記のような視点からのリバースモーゲージの展開が考えられます。

①福祉的視点
 リバースモーゲージの導入当初からの基本的な視点であり、今後も重要です。国の制度の拡充による対応が中心となりますが、例えば、要保護世帯向けの他、資産保有者における補足給付の受給条件等(現時点では一定額以上の金融資産)が挙げられます。
 年金との相殺は従前より課題ですが、相殺すると利用動機が無くなるため、年金会計の負担軽減の面からでは無く、使い易くすることにより低所得者等の消費力を高める面から考えることが重要です。

②生活をより楽しむ個人的視点
 個々の生活享受を自らの資産を最大活用して実現するものであり、民間の商品により実現することが必要です。このために、保証料等の負担があっても事実上のノンリコース商品とする等により、現行の商品をさらに使い易くすることが必要です。ただ、この利用者層は同時に金融資産も保有しているため、必ずしも不動産の流動化需要は高くは無いと想定されます。

③住宅のストック化、市街地再生の視点
 中古の物件のリノベーションは現行制度の活用でも可能ですが、さらに、建替えにより、本来の資産価値のあるストック形成に資することも重要です。また、密集市街地において、個別建替えや共同化において、購入型リバースモーゲージの制度・商品を導入することにより、不燃化が促進され、一帯の地域価値の上昇も期待できます。特に市街地再開発事業の際の等価交換においては従前の居住面積が確保されない場合が多く、その際には買い増しが必要になりますが高齢者は一般ローンは使えないためリバーシモーゲージ(リーバース60)を使うことが有効です。

④社会的視点
 かつて検討したビアジェの証券化スキームはリスク回避が主題でしたが、相続人が居ないケース等も増加している状況で、担保不動産の寄付をベースにした共助的な仕組みが想定されます。
 例えば、高齢者から担保物件の寄付を受けて、それらをまとめて公的サービス施設やサービス付き住宅等にリノベーションして処分するなどです。融資は金融が担い、再販可能なリノベーションはその実績のある不動産事業者と提携し、さらに自治体とも連携して地域に必要な施設・サービスを提供するものです。
 これは社会貢献的側面を有する事業であるため、運営組織に対しては譲渡税や債務免除益の非課税等の公的支援措置が望まれます。
 リバースモーゲージの利用においては利用者への十分な説明が必要ですのでカウンセリングが重要ですし、さらに、資産全体の管理・運営、ライフサイクルに応じた資金計画等の総合的な資産マネジメントコンサルティングサービスが必要です。

*1:超高齢社会の常識-リバースモーゲージ(1997年 日経BP 住信基礎研究所 村林正次・山田ちづ子)
*2:「リバースモーゲージ制度の波及 ~2自治体間の波及とその遅れ~」(中田雄介 慶応大学総合政策学部)
*3:「老後生活保障基金制度」検討委員会研究報告書(1980年3月、1978年3月 武蔵野市 「老後生活保障基金制度」検討委員会)
*4:武蔵野市福祉資金貸付制度見直し検討委員会報告(平成25年3月)
*5:https://www.aag.com/news/differences-reverse-mortgage-hecm-line-credit-home-equity-line-credit-heloc
*6:進化を続けるリバースモーゲージ(2016年5月 ニッセイ基礎研レポート2016-5-31)
*7:ビアジェ制度の導入と証券化の提案~持ち家を活用してゆとりある老後を過ごすために~(1998年 不動産証券化協会)
*8:フランスにおける抵当権付終身貸付及び不動産ビアジェの現状(土地総合研究2012年夏号 大矢一彦)


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