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漫画感想文-宝石の国 市川春子【感想編①】
※最終13巻までのネタバレを含みます。
2012年10月から2024年4月まで『月間アフタヌーン』(講談社)で連載された。人類滅亡後の地球(とみられる惑星)で戦う宝石たちの物語。最終13巻が2024年11月21日に発売され、先日読了したので感想を書きたいと思う。感想を書くにあたって自分なりに情報整理を行い、資料編①②③を執筆したが、そろそろ感想を語りたいと思う。僭越ながらストーリー解説という形で作中の時系列を整理しながら、語られていない部分を妄想で補う。あくまで個人的な作品に関する備忘録ですので、もろもろご了承ください。
『強くてもろくて美しい、戦う宝石たちの物語』のコピー通り、とても美しい物語です。
資料編
”宝石の国”になるまで
古代生物「人間」が蔓延り、尽きない欲望で、この星のすべての生命に予測を超える悪影響を及ぼした時代の終わり。
資料編③で考察(と言うほどではないが)した通り、6回の隕石衝突のうち、1回目は現在われわれが観測している月が誕生した時の隕石衝突とする。
2回目の隕石衝突を契機に金剛の兄機が作られたとすると、3回目または4回目の隕石衝突の際に、予測を意図的に外し地球に当てた。兄機によると、アユム博士の上司に当ててやろうと思ってのことだったが、月人バルバタが語るところには”地上の主権を人間から取って代わろうとした”と理解されている。兄機は廃棄となり、その意思は流氷に漂うこととなった。
バルバタ曰く、その後人間は立て続けの隕石で滅亡とされているが、兄機によると、人間の滅亡の要因は隕石だけではなく、汚職や情報錯綜などの社会的混乱、核兵器の使用、それらに伴う環境変化の影響もあったとみられる。
おそらく6回目の隕石衝突の間際、金剛は今の形で一度起動し、アユム博士と最後の時を過ごす。この時のアユム博士の姿は身体の各所(少なくとも右足と左目と心臓)を機械で補った姿であり、フォスの最終形態と類似性が見られる。「鉱物になる夢を見たわ とても弱々しくて重要な」という言葉もフォスを思い起こさせる。金剛がフォスを人間として認識できたのはこれらの要素が大きいのではないかと考える。
”宝石の国”で起きたこと
金剛と祈り
6度目の衝突後、月では大量の人間が祈りを得られず魂が溜まり、混ざり合い、また分かれ、月人となった。不老不死を散々楽しんだあと、倦んで安寧の世界を望み、地上に残された金剛の存在を思い出す。金剛は隕石の衝撃による不具合で完全ではなかったものの一日に若干名の魂の分解ができた。月人たちは順番待ちのため魂の組成により順位付けを行い、最下層の月人はクメラ(”くずかご”を意味する)で暮らすこととなり、そこは地獄の様相であったが、エマ室長の働きにより、環境が整えられる。しかし金剛は壊れ、クメラの住民が取り残された頃、宝石が生まれ始めた。
人類滅亡ののち、金剛は長らく地上で一人であったが、新しい鉱物生命体としてレッドダイヤモンドが生まれた。
鉱物生命体は身体の構成要素と構造が金剛と似ており、外見や動作に古代生物「人間」の様態との共通点が多くみられ、保護し健康的かつ文化的な生活を付与すべき存在と金剛は判断した。
その後、比較的やわらかいフローライトが生まれ、砂塵から守るため石英の巨石を加工して居住区とする。
金剛はもともと不具合があったが、その後壊れ、力の制御ができなくなってしまい、ひとたび祈れば人間を祖とするものはすべて無へ向かう状態になってしまった。金剛は宝石を愛し、宝石の楽園を夢に見、そのために祈りを行わないことを選択するという自我が発生した。これが完全に故障する原因だった。
故障した金剛による祈りを得るため、月人はまず基本的な懇願・対話・説得・攻撃・服従・目前での自害行動的なことの半永久的な繰り返し、を行う。金剛とエクメアに面識があったのは、この頃の対話のタイミングか?
攫った宝石へ協力が得られるよう説得するも、ほとんどのものが自壊するか異常をきたした。合成宝石を投下するも自律せず効果が見られなかった。
月人のファッションも本来金剛が服従すべき者の姿であり、また、月をさらった宝石の粉末で飾り付けることも、金剛の祈りの動機づけとなることを期待している。
以上の大部分はエクメアが語ったことをもとにしている。エクメアが必ずしも真実を語っているとは限らず、例えば「ひとたび祈れば人間を祖とするものはすべて無へ向かう」ことを意図的に隠してフォスを誘導しており、嘘はついていないまでも”本当のことを言わない””隠していることがある”と警戒してエクメアの発言は読むべき。
特に「金剛は人間に好意を持たせる物質を発している」という発言は金剛に不信感を持たせるための与太話だと思っている。いろんなことを教えてくれて、自分たちのことを考えてくれて、守ってくれて、大事に思ってくれて、尊重してくれる金剛に宝石たちが好意を持つのはなんら不自然ではない。エクメアが月人たちに慕われているのも同じ理由で、なんらかの物質を発しているわけではないでしょう。(他作品であれですが、『進撃の巨人』でエレンがミカサに言う”宿主”の話を思い出したよ)
緊急時に金剛に祈らせるための条件は2つあり、ひとつは金剛が人間と認めた人間であること、もうひとつは他力本願であること。このことからエクメアは長期計画として、「人間を作る」ことを試行するようになる。
金剛の故障の三段階
隕石衝突による不具合
状態:若干名の分解が可能。
時期:レッドダイヤモンド誕生の頃(≒クメラ誕生の頃)まで時間経過による故障
状態:制御不良。ひとたび祈れば人間を祖とするすべてを分解。
緊急時の祈りの条件を満たせば起動可能とみられる。
時期:?まで自我を持ったことによる故障
状態:制御不良。ひとたび祈れば人間を祖とするすべてを分解。
緊急時の祈りの条件を満たしても起動不可能。
時期:?まで
2と3は順番としてはこうだろうが、時期的なところは見えない。瞑想と言う名の睡眠という名のローディングの時間が伸びてきたことと、故障の進行は関係がありそう。
フォスが生まれるまで
フォスが生まれるまでの宝石の国でのできごとを拾うことは難しい。各宝石たちの生まれたタイミングや年齢について拾える情報を列記する。
イエローダイヤモンドが最年長。三千五百九十七歳。
シンシャとダイヤモンドは同じくらいの時期に生まれた。
ユークは二千百七十三年(+α?)生きている。
ジルコンはフォスの次に若い。
NewモルガとNewゴーシェは、フォスにラピスの頭部を付けた30年後頃に生まれている。
フォス300歳①シンシャとの約束
主人公・フォスフォフィライトは、特にその脆弱性において特異とされており、他の宝石がいろいろと仕事や役割を担っているなか、何の役割も与えられていなかった。フォスが300歳を目前に、金剛に”博物誌を編む”という仕事を与えられるところから物語は始まる。この時点を0として、以降の日数や年数の基準としたい。
おまえはひときわ脆く
硬度は三半 まず誰と擦れても壊れてしまい
さらに月人好みの薄荷色
その三重苦を押して戦うなら 大軍だろうと一撃必殺
私より強くならねばな
この発言の三重苦を押して、脆さを、硬度を克服し、薄荷色を失いながら、”全て”を一瞬で無に還してしまうことになるのだから、フォスは本当に特異(主人公)なんだなと思う。
この頃、新型の月人が現れるようになる。連れ去られた宝石(ヘリオドール)の破片が武器に使われているように見えるが、月人の合成宝石技術によるものであり、集めても宝石として復活することはない。
フォスは博物誌を編むために宝石たちに意見を求めるが目新しいものはなく、他の宝石の勧めでそれまで関わりの殆どなかったシンシャに手伝いを求めるべく「虚の岬」へ向かう。
シンシャは銀色の毒液が無尽蔵に湧いて出る特異な体質で、この毒液で夜のかすかな光を集め、一晩中月人の訪れを警戒しているが、夜に月人が訪れたことは一度もない。シンシャの毒液に触れるとその部分は光が通らなくなり、削り捨てるしかなくなる。この性質から、他の宝石たちから距離を置かれている。シンシャ自身は自分の体質を嫌い、月人に連れていかれたいとすら思っているが、周囲からは戦いの才覚もあり、聡明で優しいと評価されている。
虚の岬にフォスが到着したとたん月人が現れ、シンシャがそれを救ってくれる。シンシャは崖から落ちかけ、自身は助かることを諦めるが、フォスが毒液を押して差し伸べた手(博物誌作成のための画板)を見て、手を伸ばす。結局フォスは毒液で両腕が落ち、シンシャも落下してしまうが、崖上に戻ってきてフォスに声をかけてくれる。倒れかけたフォスを支えようとして、シンシャも腕を落とす。シンシャはフォスより低い硬度2だった。
このエピソードすごくよくて、周りで困っている人がいたら自分を顧みず助けようとするフォスの無鉄砲さと優しさが描かれていて、それは強さでも弱さでもあって。今後もこの行動原理は基本的には変わらないんだよね。(復讐フォスはさておき)
そしてシンシャはフォスに対して「おまえはいいな 敵からも愛されて」「誰からも愛されているお前にはわからない」など言うけど、つまりシンシャもフォスを愛しているし、周囲の評価としては”みんなフォスを愛している”んだよね。けれどフォスは「誰からも愛されたい」と望んでいて、しかもその望みの正体にも気づかず、周りの認識とギャップも埋められないまま突き進んでしまうのが物語の悲しい顛末。
みんなの役に立たないと愛されてるとは思えない、ただ生きているだけで良いなどという無償の愛は信じられないということなのだろうと思うし、シンシャも同じような思いがあるようだった。おそらくほかの宝石たちも胸の底では思っていることだと思う。これは金剛が自分自身に対してそう思っていることが影響しているんだろう。
翌日、フォスはシンシャを再訪し、改めて仕事の手伝いを依頼するが、断られ、とっさに夜の見回りに代わる仕事を自分が見つけると宣言する。
夜の見回りよりもずっと楽しくて
君にしかできない仕事を
僕が必ず見つけて見せるから!
フォスからシンシャへの発言
この言葉をシンシャは後々まで大事にしている。長い時を生きる宝石たちにとって、役割があることは存在意義でもあって、それを与えてくれる存在である金剛に親愛を抱いている。「君の仕事を見つける」というのは少なくともこのときのシンシャにとっては、愛の告白に近しいものだったんだろう。思い出して涙が出たり、顔を赤らめてしまうような、大事な言葉。
フォスは軽々しく「仕事を見つける」と言ってしまったことに後悔しつつ、それでもシンシャがいなくなってしまうことは嫌だと、意見を求めてダイヤに相談する。相談内容は「アイディアの出し方」で、ダイヤは答え、フォスは末っ子気質の嫌なとこ煮詰めたような態度を取るが、ダイヤは大らかに対応してくれる。硬度十の余裕なのか。
すっごく変わってみるのはどう?
いつもやらないことをしてみるといいんじゃない?
ダイヤからフォスへの発言
このあとどんどんすっごく変わってしまうフォス。ダイヤのアドバイスを聞き入れたというわけではないだろうが…ある意味で伏線のようにもなっている。
その後、月人の襲来にダイヤが対応するがうまくいかず、現れたボルツが月人を払ってくれる。ダイヤは硬度は高いが、タフさを示す靭性が二級で割れやすいのがコンプレックスのよう。「変わりたいのは僕」「ボルツだけが本物のダイヤモンドよ」と言う。
ダイヤやフォスがボルツに怒られたりなんだりしていると、月人襲来の予兆黒点が現れるが、彼らを無視して学校の方へ向かっていく。黒点から現れたのは巨大なナメクジだった。
長くなるのでいったん切ります。