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『あと10年は戦える』歌詞解説#3

 オデッサ陥落後に宇宙へ脱出したマ・クベ大佐は、一年戦争のミリタリーバランスを一変させる敗北を喫しても自らの立場が変わることはないと信じていた。何故ならば、彼の忠誠心の対象は国家でも軍部でもなく、あくまでキシリア・ザビ少将個人であって、この面では彼はいささか過剰にロマンティストでもあった。センチメンタルとさえ言ってもいい。マ大佐は誰よりもキシリア少将に貢献してきたと自負しており、オデッサを失ってもなおその最側近が自分であることを疑わなかった。キシリア少将もある時期までは、それを裏付ける言動をしている。

 オデッサ開戦の直前、彼女は援軍を躊躇する幕僚に対して「おふざけでない!まったく問題にならぬプランです!地球連邦軍の包囲の中からマ・クベはどれだけ貴重な資源を送り届けてくれたか、お忘れか?…男子の面子、軍の権威、それが傷つけられてもジオンが勝利すればよろしい。その上であなたの面子も立ててあげましょう」と叱責している。ここでは公言されないが、マ・クベはオデッサで採掘された資源の一部を公庫に納めず、グラナダへと送り続けていた、いわば共犯関係にある。それゆえに彼女もオデッサ陥落の危機に際して過敏に反応せざるを得ない。
 しかし、キシリア少将にとってあくまでプライオリティはオデッサとそれが産み出す資源にあることにマ大佐がどれだけ気づいていたか。冷酷な策謀家という性格を共有しつつも、キシリア少将に対するマ・クベの視線はつねにセンチメンタルである。彼はキシリア少将との共犯関係において絶対的な絆を得ていると考えていたが、彼女にとってオデッサとマ・クベ個人とのバランスは彼が期待しているようなものではなかった。オデッサを失って以降、マ・クベ大佐へのキシリア少将の評価は明らかに変化していく。

 オデッサ陥落後にグラナダへ帰還したマ・クベに与えられた任務は、地球連邦宇宙軍による大規模な攻勢が予測されるソロモンへの援軍の艦隊司令(代行)だった。のちに「遅すぎる援軍」と呼ばれることになるこの出撃の意図は、実際にはソロモン陥落に際していかに突撃機動軍の戦力を温存するかにあった。
 ソロモンを総司令部とする宇宙攻撃軍司令ドズル・ザビ中将と突撃機動軍司令キシリア・ザビ少将との不仲は、公国内では半ば公然のものとされてはいたものの、連邦軍の大攻勢に対して援軍を送らなければ軍人としてのキシリア少将の面目が潰れることになる。しかし、つねにザビ家内部のヘゲモニーが関心の中心だったキシリア少将にとって、この状況は国家の危機という以上に政敵を葬る好機と映った。ソロモンを救う意志がない以上、援軍を送っても子飼いの戦力の損耗は避けたい。このようなセンシティブな状況においてキシリア少将の意図を汲んで援軍の指揮を執るにはマ・クベ大佐は打って付けの人物だったと言える。
 ただし、ポーズだけの援軍の指揮官という役回りは、かつてのオデッサ基地司令というポジションに比べれば、いかにもスケールが小さい。またオデッサを失った経緯から、マ大佐の軍事的能力への評価は(もとから高くはなかったが)、形だけの援軍と言えどもその指揮を任せるのに不安を抱かせるほど低下していたようである。援軍の艦隊司令はマ・クベ大佐とされたが、作戦参謀としてバロム大佐を随伴させ、ソロモンが思わぬ善戦をみせて陥落しそうにない場合は、援軍は当然戦闘に加わらなければならず、その際の指揮をバロム大佐が執ることとなっていた。マ・クベ大佐は援軍が「間に合わなかった」場合だけの指揮官であり、戦闘に巻き込まれた場合は練達の軍人であるバロム大佐が指揮を執るということになっていたのである。それでも敢えてマ大佐を司令に据えた意図は腹心としての信頼の証ともとれるし、「遅すぎる援軍」の責任を被せるスケープゴートともとれる。恐らくマ大佐は前者で理解していたのだろうが、この時期のキシリア少将の意図としては後者のニュアンスの方が強い気がしてならない。

 そして、宇宙に帰還して以降のマ・クベ大佐の立場に決定的な影響を与えたのが、シャア・アズナブルの台頭である。
 シャアは宇宙攻撃軍のエースとしてジオン十字勲章を受勲した国民的英雄ではあったが、地球方面軍との共同作戦でザビ家の末弟であるガルマ大佐を戦死させるという失態を犯し、ドズル中将の逆鱗に触れて予備役に編入された。キシリア少将はそのまま地球に滞在していたシャアに接触して突撃機動軍に編入し、潜水艦隊マッド・アングラー隊司令(中佐に昇進)として北大西洋方面で諜報活動やシーレーン破壊を行わせ、オデッサを側面から支援させた。マッド・アングラー隊はベルファスト攻撃やジャブロー襲撃に参加した後に解散、シャアが木馬を追うように宇宙へ帰還(大佐に昇進)したことにより、マ・クベ大佐の立場を脅かすようになるのである。

ガイア「甘いのじゃないですかね、ニュータイプとかいうそうな」
マ「…どこで聞いた?」
ガイア「…」
マ「私は信じぬよ、そんなものなぞ。連邦も敗色が濃くなって、そういう神がかったなにかにたよりたくなったのではないかな?

『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』第7巻

 スペースノイドになんらアースノイドと異なる可能性を感じていなかったマ・クベにとっては、宇宙移民から生じる人類の革新ニュータイプなどは、まったく信じるに値しない迷信の類に過ぎなかっただろう。しかし、キシリア・ザビ少将は早くからニュータイプの軍事利用に関心をもち、フラナガン機関を支援してその研究や人員の育成に努めていた。宇宙に帰還したシャア・アズナブル大佐は、フラナガン機関が養成したニュータイプ部隊の指揮官に起用される。
 本来、兵站分野で実績を挙げてきたマ・クベ大佐には文弱の徒という視線が付き纏う。しかし資源の乏しいジオン公国にとって兵站こそが生命線と考えていたキシリア・ザビ少将に重用され、実際にオデッサ基地司令として大きな貢献を果たしてきてもいた。しかしオデッサを失い、戦争が最終局面を迎える時期に差し掛かって、状況は再び戦場の英雄を必要とするようになり、そこにニュータイプ部隊の指揮官としてシャア・アズナブル大佐が復帰するのである。長期戦を見越していた戦局が思わぬ短期終結の兆しを見せ始めたことによって、マ大佐は徐々に居場所を失っていく。そしてそのような戦局を招いたのがオデッサ陥落だったことにマ大佐が気づいていたかどうか。

マ「これは駆け引きなのだよ。連邦側は我々の要求を無視したのだ、彼らはその報いを受けるのだよ。ミサイル発射!!!」

『機動戦士ガンダム』第25話「オデッサの激戦」

マ「ヒロシマを爆撃した「エノラ・ゲイ」の乗員が祖国の歴史に名を残し、英雄として安楽な一生を送ったように、選ばれ者にのみ許された特権が用意されている。誇りをもち栄光に向かって任務を遂行せよ」

『機動戦士ガンダムRHE ORIGIN』第16巻

シャア「味方が苦戦しているのを見逃す訳にはいかんのでな」
マ「私なりの戦い方があるからこそガンダムを引き込んだのだ
シャア「任せたよ、マ・クベ大佐。来るぞ!」

『機動戦士ガンダム』第37話『テキサスの攻防」

 マ・クベ大佐には兵站管理者の他に諜報家としての顔もあった。キシリア・ザビ少将自身がジオン公国最大の諜報機関(通称キシリア機関)の長でもあり、マ大佐はその腹心として、特にオデッサ着任以降は地球方面の諜報活動を統括していたようである。レビル将軍の作戦部長だったエルラン中将という内通者を得たのもマ・クベの功績である。南極条約違反である水爆ミサイルをどこからか入手し、オデッサ作戦における交渉の切り札としたのも、彼が純軍事的な手段よりも謀略戦を自らの戦場と考えていたからだろう。その意味で、マ・クベの自意識のなかでは自らは単なる官僚ではなくやはり軍人として捉えられていた。むしろ純軍事的な要素にしか目を向けない狭量な軍人を蔑視していたとも言えるだろう。

 しかしオデッサを失ってのちの局面は、そのようなマ大佐自身の主義に関わりなく、彼に純軍事的な能力を求めるようになっていく。急速にキシリア少将に接近するエースパイロット上がりの士官、シャア。しかも彼の配下には人間兵器ともいうべきニュータイプ部隊が控えている。対するマ・クベの異能を最も輝かせたオデッサという舞台はすでになく、戦局は戦場の英雄を求めるようになっていた。またマ大佐には知り得ないことだったが、キシリア少将はシャア大佐が建国の父ジオン・ズム・ダイクンの遺児キャスバルであることをも知っていた。キシリア少将にとってシャア大佐は戦場の英雄であるばかりでなく、戦略眼を備えた切れ者の将校でもあり、また戦後の政局を見据えた政治的カードでもあった。これはマ・クベにとって勝ち目のない戦だったと思わざるを得ない。


#4へと続く

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