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スティサート師の説法~サティ(気づき)とサティパターン(気づきある場所)の違い(11)その運動は、苦しみを抱えながらやっているのか、苦しみを抱えずにやっているのか
タイ仏教に関する説法を
日々少しずつ訳しています。
再び、次の時代を担うお坊さまの一人
スティサート・パンヤーパティポー師の説法を
お届けしています。
カムキエン師、パイサーン師の弟子として
大学卒業後すぐに出家され
今年でお坊さん歴19年。
現在40歳の若さですが
スカトー寺副住職として、また
ウィリヤダンマ・アシュラムのリーダーとしても
活躍しておられます。
今回訳す説法は先月(2019年8月)に
月1回のバンコクでの瞑想会でお話されたものです。
テーマが
「サティ(気づき)と
サティパターン(気づきある場所)の違い」
今日の部分のタイトルを
「その運動は、
苦しみを抱えながらやっているのか、
苦しみを抱えずにやっているのか」
としました。
丁寧な言葉で、わかりやすく瞑想実践のポイントを
つたえてくれるスティサート師。
この説法もまた
多くのポイントが満載です。
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