【超短編】口裂け女

まるで口裂け女だと言われる。
「貴女が好きです」
「ありがとう、これでも?」
私が見せるのは、まるでイカ焼きのようになった、腫れた左手首。そしてそこから二の腕にかけて、これもまたイカ焼き。

白い長袖は着ない。うっかり出血すると大変なことになるから。
自傷を覚えたのは小学生の頃で、手首を切って死んでやると思ったのが最初だ。死ねなくって今生きているのだけど。
昔から容姿には恵まれていたほうで、告白される数も尋常じゃなくて、高嶺の花と噂されているのを友人から聞いたこともある。それでもその噂はやがて、口裂け女だというものに変わっていった。
私は恋愛に興味が無くて、告白された数に対し恋人はいない。世の中外見。傷だらけの腕をした私を、好きになってくれる人はいないのだ。

今日も定時をしっかり守って仕事を切り上げる。どんなに上司や同僚が忙しくしていても、直接手伝いを呼びかけられなければ私には関係ない。私はやるべきことをやったんだもの、と会社を出る。
最近SNSを始めて、そこで知り合った男性と会うことになった。趣味が同じだったもので、意気投合した。私の趣味はコスメを集めること。傷痕を隠せるコスメを探していたらこうなった。彼もコスメ集めが好きで、男性一人でコスメ店に行くのは勇気がいるからと誘いを受けた。

美月みつきさんですか」
「はい、そうでーー」
あら、随分と綺麗な容姿の方でした。こんな方もいるのねと思いながら、私は彼を見上げる。
「早速、新作のアイライナーを買いに行きましょうか?時間も遅いですし」
私がそう切り出すと、彼はああ、とどこか曖昧に頷いた。

「あの、美月さん」
「はい?」
「お、お綺麗な方ですね…僕なんかが隣にいて良いのでしょうか」
「面白い質問ですね。私は貴方と仲良くしたいと、そう思っていますわ…」
「そ、そうですか…だと良いのですが」
不思議なもので、彼とは時間の過ぎ方が異なるようだった。一人でいるよりあたたかい、それは新作コスメを手に入れた喜びだけのせいではない。
彼といると、私が私でいられる。

でも、きっと彼も、私のイカ焼き・・・・を見て去っていってしまうのだろう。そう思うと淋しかった。
彼とは嫌われる前にせめて何度か会いたくて、私は新作が出る度に彼を誘った。彼とも段々打ち解けて、私の誕生日には、デパコスをプレゼントしてくれた。

五回目に公園で会ったとき、私は口裂け女を忘れてしまった。
「美月さん。僕、美月さんが好きです」
そう言われて、始めて私の思いは恋という名が付くのかと、やっと気付いた。そして普通の乙女のように、返事をしようとした。
白い長袖は着ないと決めていたのに。
恋というものはここまで人を情けなくさせてしまうのかと痛感する。道行く人の囁き声でやっと思い知った。私の左腕は、赤い長袖になってしまった。
「あ…わ、私、帰りますので!」
踵を返した私の左腕を、彼が優しく掴んだ。
「大丈夫ですか?僕、絆創膏持っていますけれど…」
驚愕した。彼はこのイカ焼き・・・・に引いたりしないのか?悲鳴をあげて逃げたり、私を罵ったり。大丈夫ですか?なんて言葉を、かけられても良いのか。
恐る恐る長袖を捲った。少し解れた袖口を見て、彼は淡く笑う。
「大丈夫ですから、座ってください」
通行人から見えないように私の左側に立って。彼は告白を中断してしまったことにすら咎めたりはせず、鞄から絆創膏を取り出して、私の傷口に貼った。
その瞬間、私の心にも絆創膏が貼られた気がした。少し沁みた愛が、涙腺から溢れ出す。
「美月さん。僕は、傷だらけでも、美月さんが好きです」
彼はそう言って私の隣に座る。
「告白を…中断してしまってごめんなさい。私も貴方が好きです」
呟くと、彼は静かに私の左手首にキスをした。薄い皮膚から血管に愛が伝わって、心臓が跳ねる。
「…大好き」

悪戯っぽく笑った彼を、絆創膏を見て思い出した。

家に帰って絆創膏を剥がすとき、思ったより痛んだのは内緒だ。

宜しければ。