【超短編】明日という呪いに溺れて

水色のネイルは中々に似合った。

「ねぇ、わたしさ。ネイルしていくから明日ちゃんと褒めてね」
親友の声が漏れてくるスマホにそう言ってみる。聞こえていなくてもいい。わたしが親友のことを思いながらネイルをした、その事実がもう嬉しい。
「わかった。褒めりゃいいんだな?褒めちぎってやるよ」
彼女はそう言って、そろそろ寝るかと欠伸をした。
「もう寝るの?」
「明日早いんだから寝ないとだろ」
明日は二人で海に行く約束だ。海はわたしにとってすごく大切な場所。幼い頃家族と行った海で、その広さと美しさに目を奪われた。死ぬならここがいいと思った。あの青さの一部になりたい。幼いながらに惹かれ、気が付けば海に走り、溺れ、それでもなお大好きだった。わたしは海の子だと本気で思い込んだこともある。
そんな海に、世界一大好きな親友と行けるなんて幸せすぎて、もう今日が人生最後の日なのかと疑ってしまう。
「君に会いたくて眠れないよ」
画面越しの親友にそう呟いてみた。聞こえていないか、と思ったが、彼女は柔らかく笑うとこう言った。
「明日会えるだろ」
明日じゃなくて、わたしはもう今会いたいのに。明日が確実にくる保証なんてないのに、わたしたちは明日という呪いに溺れて藻搔いている。
「今会いたいの」
「我儘言うな。ネイル褒めるためにも会うよ、明日。楽しみにしていろ」
親友の声は柔らかい。
明日、明日、って本当に呪いみたいだ。わたしがぎゅっと目を瞑ったとき、
「あ、」
親友が何か物音を立てた。
「なに?」
そう問うと、親友はふふっと軽い微笑を落とす。緩く弧を描いたそれは、画面を越えてわたしの胸元に収まった。
「今日になったよ」
ハッと時計を見ると零時だった。
「呪い、解けた……」
わたしは聞こえぬように呟いた。
水色のネイルが心なしか、きらきらと華やいで見えた。


宜しければ。