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【超短編】臆病者は白に泣く

挑戦って、人を選ぶと思う。
例えば、クラスの真ん中でキラキラしてるあの子たち。目立たないけど多才なあの子。笑顔の可愛い、私の友達。
私には、できない。

変わってしまうのが怖い。そんなリスクを冒すくらいなら、私はこのままでよかった。別に今が幸せなわけじゃないし、不満点はいくらでもある。だけど、変わってしまうことを考えれば、大人しく我慢できた。
人付き合いには自信がない。友達と話すときでさえ、私は怖い。何か傷付けてしまわないだろうか。というか、“友達”と呼んで良いのだろうか。こんな私が、そう呼んで、良いのだろうか。
こんなだから、彼女に出会って驚いた。

「ねぇ、あたし、あなたのこと、親友だって思ってる」
彼女と仲良くなって一ヶ月。私は突然親友認定されてしまった。
嬉しかった。嬉しかったけれど、かなり戸惑った。この私が、彼女の親友?荷が重すぎやしないか。私は顔面に笑顔を貼り付けて、
「私でいいの?」
と聞いた。
「あなただから、そう言ってるんだよ」
そう言って笑った彼女を、私は忘れることができない。心から変化を楽しむ笑顔。私には真似できない、真似したくないもの。変わってしまうのが怖い。だけど。
「…ありがとう」
私は受け入れた。そうしたら、“友達”のことも、友達だと心から思えた。そう呼んで良いんだと、思えた。

それでも、変わるのが怖いままだ。
自分で一度決めたことはできれば変えたくない。良く言えば信念が強いとか、悪く言えばただの臆病だ。
だけど私は彼女と出会って、決めたことがある。それは、できるだけ素直に接すること。親友だからって、なんでも話していいとは思わない。お互い秘密の一つや二つ、あっていいと思う。だから努力する。少しでも“秘密でないこと”は共有する。正直、彼女と話をするのは好きだった。でも彼女は、変わっていく側の人間だった。
「あたし、ギターを始めたんだ」
「あたし、ネイルしてみたんだ」
「あたし、今日で自傷やめる」
「あたし、恋人ができたんだ」
日が経つままに彼女は変わり、それでも一緒にいられたのは、私たちがまだ、親友でいようとしたからだと思う。
高校生だった私たちは大学生になり、彼女は私を残して、田舎から東京に出た。毎日食べた夕飯の写真と、日記のような呟きが送られてくる。そのメールが楽しみだった。

彼女と仲良くする中で、私たちは幾つか約束をした。お互いの結婚式に行くこと、いつか一緒に花火を観ること、いつか一緒に…多分、到底叶わない約束だと思う。そのうち彼女に私以上の親友ができて、“あたし、あなたと親友やめる”と去っていくかも知れない。それはそれで、去るもの追わずで、別にいい。
そしてとうとう、彼女は言った。
「あたし、結婚するんだ」
だから、式のスピーチに来てほしいという話だった。スピーチなんてのは苦手分野だ。でも、彼女の頼みだったから、一週間悩んで引き受けた。そして私は決めた。
暴露しよう。私がこんなにも臆病でかっこ悪い人間だって、くだらねえ人間だって、言って、彼女を眠りから叩き起こしてやろう。私が自ら勇気を振り絞って“変わる”ことは、こんな残酷な、こんなことしか、思い付かなかった。私から見た彼女は美しくて、核心に触れたら壊れてしまいそうに脆くて、でも変わることを楽しんでいる。綺麗な人だった。私なんかじゃもう、釣り合わない。というか最初から、釣り合ってなんかいなかった。
ごめんなさい、それからありがとう。
彼女を見ていると淋しかったんだ。

「まず初めに、結婚おめでとう。私からは、」
私は大きく息を吸った。
「…精一杯の謝罪をさせてください」
怖かった。でも、今言わなきゃ一生後悔する気がした。彼女の名前を、今までにないくらい丁寧に繰り返す。
瑠々ルル。今日はあなたに、言うことがあります…私は、とんでもなく臆病です。変わることが怖い。だけどっ、だけど瑠々は真逆だった。すごく、変わるのが楽しそうだった。そんな瑠々を見ていて、私はただ、」
何年一緒にいて、言えなかった弱音だろう?私はふと目を伏せる。
「ただ、淋しかったんだ。自分だけ置いて行かれたようで、すごく淋しかった。じゃあお前も一緒に変わればいいって、そう思うかな。それでも私は変わるのが怖い。できれば変わりたくないーー」
「でも、」
彼女の声が私の声を遮った。
魅々ミミ、変わったよ」
え?
「あたしの前で、あんなに楽しそうに笑うようになったじゃん。最初はぎこちなかったのにさ」
「それは、瑠々といるのが楽しくなってきたからで」
「それが変わるってことなんじゃないの?」
白いドレスはこんなに眩しいんだっけ?それとも、彼女が眩しいのかな。歩み寄ってきた彼女がただただ綺麗で、白さに目が眩んで、泣きそうになる。
「私…変わった?」
「変わってるよ。だから怖いなんて言わないで。大きなことしなくても、自然に変われてる、というか変わってるよ」
彼女みたいにならなくても、私も変わってしまっていたのか。なのに、全然、怖くはなかった…。
「で、でも!」
ここで納得してしまうのは少し悔しくて、意味不明な駆け引きを開始する。
「花火観るって約束、叶わないままじゃん…」
彼女は一瞬ぽかんとして、それから、横にいたスタッフさんの肩を軽く叩いた。
「魅々。それはまだ、わかんないよ」
言うのと同時に、窓の外で花火が上がった。バラバラと音を立てて夜に光が隠されていく。それを見ていたら、今度こそ涙が溢れた。
「きれい…瑠々みたい」
「そう?あたしは…魅々をイメージして企画したんだけど」
やがて笑い出した。いつの間に、似た者同士になっていたんだろうね?出会った頃とは確かに変わった。嬉しい変化だ。

「ねぇ、魅々、あたしさ」
瑠々が私に背を向けて言った。
「魅々のこと、大親友だと思ってるよ」

宜しければ。