【超短編】夜が燃えていた。
十七回目の八月が来た。
すっかり明るい午後の五時、わたしは行きつけのクリニックから出て軽く伸びをする。二ヶ月前から通っている心療内科も、すっかり常連になってしまった。
“また自傷、増えてますね”
肯定とも否定とも違う、軽蔑を含んだ言い方で、お医者様は言った。曜日ごとに医者の変わるシステムで、初めて休日に行ったもんだから、いつもと違う方に当たってしまった。
徐にスマホを開く。親友からLINEが一件。
“今日隣町で花火大会あるんだってね。一緒に行かない?”
隣町、って。わたし達の街から見て隣町ってことは、今わたしがいるとこだ。
“行きたい!今、わたし隣町にいるんだけど、来る?”
親友のことを想ったら、ふわりと空気が軽くなった。
五時半。親友と合流して、花火大会の会場に行く前に、近くのモールに寄った。本当はケーキを食べるつもりだったのだが、暑すぎたので二人してアイスに合意した。サーティワンのアイスを食べながら、わたしは親友の顔を盗み見る。白い肌に黒い睫毛が美しくて、羨ましくなってしまう。
「なんかさぁ、言っていいかわかんないけどさぁ、」
ふと親友がわたしのほうを見ながら言った。
「それ、増えた?」
彼女が指差したのはわたしの腕。シマウマの模様みたいにびっしりと、赤い線が入った腕。
「あー、うん。増えた。なんか最近、虚無感すごくて」
「なんかあったの?辛いこと」
「いや、辛くはないんだけど、何というか、楽しいが分からない感じ」
言ってみて、自分で納得する。そういうことだな。辛くはないのに疲れるのは。
「え、まじか。それは重症だな。大の親友と二人なのに楽しくないのは重症だ。よし、任せろ!腹の底から楽しいって言わせてやる!」
親友は空になったアイスの形跡を二人分ゴミ箱に入れ、わたしの手を引いて歩き出す。そのまま雑貨屋に入り、あろうことかオモチャコーナーに連れて来られた。わたし達もう高校生なんだけどな、なんて思っていると、親友が何かを手にこちらを向いた。
「ピンクと青と緑、どれがいい?」
折ると光る棒。リングにして腕にもつけられるやつだ。
「あ、じゃ、青…」
「分かった!なら、私も青にしよ」
その瞬間、ぎゅっと胸が熱くなったのが分かった。嬉しいというかなんというか、心地良い感覚だ。親友がこれくらい奢ると言いながらレジに向かうのを眺め、ふと横に置かれていた、クマの形をした、光るペンダントに気が付いた。クマというよりテディベアのような形だ。無論オモチャで、子ども用なのだけれど、可愛いな、と思って手に取る。何故か惹かれたんだ。多分、親友がクマを好きだからだろう。
お揃いで買おう。
わたしは急いでレジに並んで会計をすると、待っていてくれた親友の元に駆け寄った。
「何買ってたの?」
「秘密!」
やっと薄暗くなってきた空を見上げ、二人で光る棒を折って、手首につけた。まるで小さい頃に戻ったみたいに、わくわくして、堪らなかった。
花火大会の会場である大きな公園の入り口へ着くと、一本道の左右に出店がずらりと並んでいた。
「ねぇねぇ、何か食べない?アイス食べたからかき氷は避けるとして、林檎飴とか…!」
親友に言うと、親友は“私もそう思ってた!”と三百円を取り出した。二人で林檎飴を買って、奥へ奥へと歩いていく。途中、見つけた射的に親友が挑み、私の好きなアニメのぬいぐるみをゲットしてくれた。林檎飴を食べ終えた頃に綿菓子を見つけ、我慢ならずに買った。列に並んで買うのを待っているとき、横を通った男の子の手に握られた綿菓子が、思ったより大きくて驚く。二人で一つに決めて正解だった。
「そろそろ花火上がるみたいよ。行こうか?」
親友に問いかけると、親友は光る棒をもう一本手首に通しているところだった。
「暗いからさ。お互い繋ぐ手を見失わないように」
「…かっこいいこと言ってんじゃないよ」
照れ隠しで親友から目を逸らす。暗かったからバレていないかもしれない。
「あ、そうだ。さっき買ったこれ、あげる」
ペンダントを手渡して、お揃いでつけた。彼女は嬉しそうにしながらわたしと手を繋ぎ、わたしも振り解かずにしっかりと繋いだ。もう二度と離したくないな。なんて。
「あ!見て、花火!」
横に座っていた、近所の子供たちが声を上げる。わたしも親友も、みんな、夜空を見上げる。
夜が燃えていた。怯えるように、悲鳴を上げるように、煌々と。まるでわたしみたいだと、そう思った。痛くて痛くて死んでしまいたいのに、それでも生きていたいから、必死で叫ぶんだ。わたしはここだと、誰か見つけてくれと。
「きれい…」
呟いた自分の声が震えていることに初めて気が付く。親友の横顔が金色に染まる。
「泣いてるよ、お前」
親友はこっちを見ずに言った。
「なんでわかったの…?」
「空気が違うから。インスピレーションってやつよ。お前のことなら一番良く知ってるつもりだ。仮にも親友だからさ」
「そう言うあなたは少し笑ってるけど、なに?わたしが泣くの、可笑しい?」
「違うよ。嬉しいんだ。悲しい涙じゃ無さそうだから」
親友の隣が一番心地良くて、嬉しくて、多分、きっとこれが楽しいってやつで。わたしは曖昧に頷いた。頭上ではまだ、夜が悲鳴を上げている。
「なぁ、今日、楽しかった?」
「うん…!すごく楽しかった」
「よかった。これからも沢山一緒に楽しい見つけようぜ!」
彼女の無邪気な笑顔を見ていたら、思わずまた涙が溢れ出した。
「おい、なんで泣くんだよ。私は、笑って欲しかったんだけど」
親友はわたしの顔を覗き込む。
「まぁ、嬉し涙みたいだし、いいか」
なんでもお見通しなんだな。そう思うとなんだか可笑しくなって、笑いが込み上げてきた。くすくすと笑いながら親友のほうを見る。親友はわたしを見つめてくしゃっと目を細めた。
「やっぱ、お前は笑ってるほうがいい」
宜しければ。