【超短編】今の自分を殺したら
あの日殺された私を抹消したかった。
他に理由はない、一種の自傷行為。又は自殺未遂。
生きる為に必要だったんだ。
整形って、何科に行けばいいんだろう。衝動で東京まで来てしまったけれど、そもそもそこからわからない。もしかしたら、予約が必要だったかも。人の行き交う東京駅のホームで、きっと誰彼の迷惑なんだろうなと思いながらも立ち止まった。
いつもそうだ、こうやって衝動に任せて生きるから、だからあんなことにもなったんだろう。
それはつい昨日のこと。私は恋人と電話をしていた。そのときに恋人は言ったのだ、いつもと全く変わらぬ調子で「別れよう」と。
今にして思えば、相手も冷静さを欠いていたのだろう。冷静さを欠いたからこそあの声のトーンだったのだ。わかっているのに、感情的に納得できるかと言われるとやっぱりそうはいかない。一人悶々と、私のどこが気に食わなかったのかしらと考え耽ってしまう。
そしてやっと、私は恋人に殺されたのだと、わかった。
昨日までのきらきらした日々は恋人の手によって崩され、あの人の名を呼吸するように呟いていた私も同じ手でぐしゃぐしゃにされてしまった。抉られた心から溢れ出ているのだろう、血の臭いが鼻をつく。
いっそ、線路に飛び込んで死んだりできないだろうか。そうだ、それがいい。きっと誰も気に留めやしない。私は徐に、電車が到着するというアナウンスが響いたほうの線路へと歩き出した。
そのとき、
「アタシ明日で整形5回目なんだよね〜」
整形という言葉に反応して、また立ち止まる。きっとまた誰彼の迷惑になっただろう。
「お前本当にやんの?やめとけよぉ」
振り返ると、大学生くらいの女の子が2人いるのがわかった。1人は二重瞼の可愛い子で、もう1人は隣と比べるとあまり可愛いとは言えない顔だった。だが整形したがっているのは、どうやら二重瞼の子らしい。
「お前、そこまできたらもう病気だよ。いい加減やめなってば」
「え〜?だってアタシの顔だよ?あんたには関係なくない?」
「そうだけどさぁ〜、痛んだりしないわけ?」
「多少は痛いよ。でも、過去の自分を抹消したみたいで楽しいんだよね」
整形が5回目なんて狂っていると思って聞いていたが、その台詞で私は心を許した。勇気さえあれば「わかります!」と参加したいほどである。
「それに、ただ顔弄ってるわけじゃないんだよ?ちゃんと可愛く、綺麗になってくれるもん」
「もうじゅうぶんだと思うよ?」
「まだ足りないの。誰も寄せ付けないくらい、誰も近づけないくらい綺麗になりたいのよ」
少し淋しそうに呟くその横顔は、整形のしすぎかあまりに現実離れして少し怖かった。麻薬なんかの中毒者がいれば、同じような顔をするのだと思う。でも、痛いほどわかってしまう。もう誰も寄り付かないくらい綺麗になりたい。誰かと関わって傷付くくらいなら、関われないほどに綺麗になりたい。
「え、それって、私と友達やめるってこと?やだなぁ、尚更やめてよ」
その言葉に、二重瞼の子も私も、何かに縋るように顔を上げた。
「え、だって。あんたはこんな私を気持ち悪いとか思わないの?」
「別に?お前が言う通りお前の顔じゃん?好きにすればいいんじゃないの。それに顔が変わろうがお前はお前だろ」
縋り付いたのはとても頑丈な友情だった。私はついさっき衝動でここまで来て後悔したことなんて忘れて、衝動で親友に電話をかける。
これ以上、あのホームにいてはいけない。
「もしもし?今東京なんだけど、なんかお土産いる?」
毎度の如く唐突に遠出をした私にもう驚かず、電話の向こうで親友は言う。
「何もいらないから、無事に帰って来い」
宜しければ。