渋谷スクランブル交差点 17:37
「お姉さん、これから待ち合わせですか? 僕と遊べたりしませんか」
王将で餃子二人前を平らげて、乗り換えアプリを起動させた、渋谷スクランブル交差点。日はとっぷり暮れているけど、今日はそんなに寒くない。
顔を上げると、つるんとした額で黒髪に短髪の男性がこちらを覗き込んでいた。眉毛が少し細い。紺色のコートはポリエステルだろうか。袖がすこし毛玉っぽくなっている。ナンパか? iPhoneに視線を戻すと画面には17:37と表示されている。いったん帰ろうか、それともそのまま五反田に向かおうか。今日は週に一度のコワーキングスナック勤務の日。木曜日。
突撃タイプの取材仕事を経たことから、道端で声を掛けられて無視をするのをやめようと決めたのだった。つい反射で見えないフリを決め込んでしまうから、その決意が脳をよぎる頃、話しかけてきた人はもうずっと後ろにいる。今、まだわたしは交差点で立ち止まっている。長い長いスクランブル交差点の赤信号。
「ナンパをするにはちょっと時間が早くないですか?」
お兄さんと視線を合わせる。こちらを窺うような目。
「えっ、そうですか? お姉さん、僕と遊びませんか? これから帰るんですか? 待ち合わせですか?」
「いや、帰ろうか、次の予定に向かおうか迷ってました。お兄さん何時からいるんですか?」
「えっ、今きたばっかです。お姉さんすごい綺麗だなと思って……」
「お兄さん、大学生じゃないですよね?」
「えっ、大学生に見えますか?」
「いや、もうちょっと上に見えます」
「俺、25です。お姉さんいくつですか?」
「26です」
「え! 思ったのとぜんぜん違いました!」
「なんだと思ってたんですか?」
「大学生とかかなーって。背が高くて、髪の色もすごい綺麗で。なんかお嬢様大学の子かなって。違いました?」
「いやー、もうだいぶ前に卒業しましたね。金髪だから若く見えるのか」
「髪の色すげーいいっす。美容院とか何回も行ってるんですか?」
「いや、暗かった色が抜けただけですね。週どのくらいこれやってるんですか?」
「えっ、えっ、週3〜4回です」
「結構多いですね。どこからきたんですか?」
「えっ、そういうの気になる感じですか? 埼玉です」
「おおー。週3〜4回きて打率どのくらいなんですか?」
「え、うーん。週1あるかな、くらいですね〜! え、お姉さん今から俺と遊びませんか?」
「さっきから、遊ぶってなんですか? どこに行こうとしてるんですか?」
「いや、男女の関係っていうか!」
「あー」
信号が青になる。うーん、帰るのはやめて、そのまま五反田に向かおう。
「なるほど。ありがとうございました」
「えっ、行っちゃうんですか〜!?」
恋愛工学ってぜんぜん心揺れない。私がナンパするならなんて話しかけるかなーと思いながら、ハチ公に向かって横断歩道を大股で歩いた。
こんな格好だったよメモ
フェイクファー(今風にいうとエコファー)のコートにジーンズ、タッセルのローファー。パステルブルーのふわふわがついたトートバッグは昨日買ったばっかりで、紐が細いエナメルなのがかわいい。キャセリーニで5000円くらい。メイクは極薄。この髪色、永遠に大学生扱いされる。最近エアーポッズをなくしてしまったので白いヒモが付き纏う。
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渋谷・公園通りのガードレールに座っている一見何をしているかわからない方々約50名に「何してるんですか?」と聞いて回った企画が、雑誌『Maybe! vol.8』(小学館)に掲載中です。こういう企画を敢行すると、道端で声を掛けられたとき、協力してあげなければ!というきもちになります。
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小西麗