走ることについて書こうと思う。その4
前回の続き。
車は雪の残る登山口へと到着。
看板には「越前岳」と書かれていた。
「さあ行きますよ」
相馬さんの合図でスタート。なんだかドキドキわくわくしながら、私のトレイルランニングがスタートした瞬間だった。
初めての登山道。初めてのトレランシューズ。初めてのザック。初めてのグローブ。
よく晴れた12月の末、雪が真っ白でキレイ。太陽が雪と山に反射してキラキラしていて、若い頃スキーで山形蔵王で見たダイヤモンドダストを私は思い出していた。
「今日は登りは全部歩きますから」
相馬さんはそう言って、ツアーのみんなを引率していた。
いろんな方と話しながら脚を進める。聞けば、関西から参加した女性も、ほぼ初めてののトレイルランニングだったそう。相馬さんを知って参加してみたくて来たと言っていた。
息があがる。でも空気は冷たく、爽快だ。登っている途中、突然海が見えた。
「わあ、海だ!」
思わず歓声をあげた。他のみんなも嬉しそうだった。
自然が見せてくれる景色がこんなにも素敵だなんて感動した。
それまで山に行ったことなんかなかった。
小学生の時に一度だけ家族で富士山に登りに行ったことがあるだけ。
ハイキングすらしたことなんてなかった。
10代の終わりから22歳頃まで、波乗りの大会に出ていたけど、山には縁もゆかりもなかった。
なんて素晴らしい景色。なんて素晴らしい空気。なんて素晴らしい感覚。
私はひとり感動していた。
山頂に着いた。みんながザックをおろす。私もみんなの行動を見てザックをおろした。
なにやらザックから食べ物を出してみんなが食べ始める。私もみんなを真似ておやつを食べ始めた。
あちらが富士山であそこが駿河湾、なんて会話を耳にしながら、ほうほうと自分の知識にしてゆく。なんだかすっかり自分もこの人たちの一員になった気分で、私はこの時間を楽しんでいた。
休憩が終わり、さあこれから下りますよ、というムードになってきた時、相馬さんが私と関西から来た初心者の女性にこう言った。
「今から下ります。雪がついているけど軽アイゼン持ってないよね?」
軽アイゼン??ってなんだ???
当然ながら持っていなかった。というか、軽アイゼンってなあに???
相馬さんはフフッと笑って、
「はい、じゃあここにふたり座って」
と言ってベンチに座るように言ってくれた。
脚を投げ出す。
右脚、そして左脚と、相馬さんが軽アイゼンを履かせてくれた。
「相馬さんに軽アイゼンつけてもらえるなんてそうそうないよ!」
女性の参加者が声をあげた。
「どう?ちょっと立ってみて」
私は人生初めての軽アイゼンの装着具合をチェックしてみた。よくわからなかったけれども。。
するとそこで
「僕が持ちますよ」
東北から来たアミルさんはそう言って、私のザックを自分の身体の前に抱えてくれた。
アミルさん=高橋くん、彼は東北を代表するトレイルランナー:アミルさんだ。
その時はそんなこと知る由もなかったけれども。。
「さあ、行きます。高橋くん、先頭行って」
「君は、ええと、真ん中あたりで」
相馬さんがそう言った。みんながスタートする。ひゃっほー!と叫んでいる。下りはゴキゲンなのだ。
ええ?!真ん中ですか?!一体どうすりゃいいの?!
「さあ!」
そう言われて、ポンッと背中を押され、列の真ん中あたりに入れられた。
初めての下りだった。
なにがなんだかわからなかったけど、とにかく夢中で走った。
前の人の背中を追う。離れないように、離れないように追う。
自分がどうやって走っているのか、これでいいのか、さっぱりわからなかったけど、とにかく夢中で雪の中を走った。
時間が止まる。
雪を踏む感覚が心地よく、自分の顔の横を通り過ぎる風の感じがたまらなく気持ちよかった。
ああ、なんなんだこの感覚。
自然の中を走る自分。なんだか自分が自然と一体化しているように感じた。
イタタ。。
突然膝の横が痛みだし、私は脚を止めた。
「すみません。膝の横が痛くて痛くてちょっと走れません。。」
関西から来ていた初心者の女性も同じことを訴えていた。
「ああ、腸脛だね。うーん、ではふたりは短縮ルートでおりましょう」
相馬さんはそう言って、Yちゃんと関西から来た女性を引率して、短縮ルートで降りてくれた。
さっきまでの風を切る感じは消えていた。
ああ痛い。これからどうなるのか不安な思いに包まれながらなんとか降りる。
ちょっと涙ぐんでいた。
スタートした駐車場に着く。
ああ、やっと終わったのだ。なんとか戻ってこれた、よかった。
ホッとした私に相馬さんが近づいてきた。
「君がもしも、これからこのスポーツをやっていくんだったら、まずは30キロ走れる自分になれ」
相馬さんは私の目をじっと見ながらそう言った。
年が明け、いきなりやってしまった腸脛靭帯炎の治療をしながら、私はトレイルランニングのことをずっと考えていた。
早く山に行きたい。
ただただ、そう思いながら。
~続きます