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走ることについて書こうと思う。その5
前回の続き。
春が近づいてくると、いきなり痛めてしまった腸脛の具合も和らいできた。
女王Yちゃんとはレベルもラベルも違うため、私はひとり近場の低山に脚を運ぶようになった。
相馬さんのツアーで、相馬さんがこちらの低山ツアーを企画してくださり、参加することもあった。
怖いイメージのある方だけど、彼はいつも笑顔だった。
少しずつ、トレランを一緒に楽しむ仲間ができていった。
一緒にレースに出てみよう、という話になり、初めてのレースにエントリー。
「忍野高原トレイルランニングレース」
14キロ。
この頃、シューズは2足を履いていた。どちらを履いて出ようか、なんてレース会場に2足のシューズを持ち込み、スタートまでそわそわしたことを覚えている。
GPS時計なんてものを持っていなかった私は、時間だけがわかるカシオの2000円くらいの時計をAmazonで購入して出ていた。
スタート!
川沿いの道を走り、林道を走り、エイドを過ぎて、夢中で走った。
そしてなんとか初レースを完走したことを覚えている。
そんな初めてのレースが終わり、次はいよいよ30キロを超える距離のレースにエントリーした矢先、相馬さんの遭難のことを知った。
あらゆる情報が入ってくる中、毎日がどんよりとしていた。相馬さんの笑顔、険しい表情、声が浮かび、ただただ、どこかで生きていてほしい、
そう思い続け、私はいろんな思いを噛みしめながらトレーニングを重ねた。
迎えた10月。よく晴れた日だった。
初めての30キロを超えるレースは「市川三郷四尾連稜線トレイルランニングレース」。
あまり知られていないこちらのレースの35キロを選んだ。
既に私より経験値が高い女性たちと一緒に出場した。
コースの試走もしなかった。コースマップを見ても、累積標高を見ても、当時の私はさっぱりわからなかったため、もうやるしかない!の気持ちだけで挑んだことを覚えている。
そしてこの日、心の中で相馬さんに約束をしていた。
「相馬さん、必ず完走してきます!」と。。
スタート!
アスファルトの道路を走り、山に入ってゆく。
苦しくて苦しくて、でもひとつひとつの関門の時間にとにかく間に合うこと!これだけを考えていた。
四尾連湖は美しい場所だ。今ではおしゃキャンの聖地でもある。
そこまでなんとか登り、走れるところは全部走った。
一緒に参加の友達と延々おしゃべりしながら前に前に脚を進める。
途中の長い長いロード区間で心が折れる。
暑さと膝の痛みと闘った。
腸脛が完治していなかった私は、膝にサポーターを装着し、レッグウォーマーで覆って参加していた。
痛みは続いたが、気持ちは誰にも負けへんで!みたいな心意気だった。
最後の下り。そしてあと2キロ、あと1キロ。看板が見えてきた。
わー!あともうちょっとなんだ!
その瞬間、ふと相馬さんの言葉が頭に浮かんできた。
「まずは30キロ走れる自分になれ」
彼の顔が浮かぶ。
どこかで応援してくれてる気がした。
残り500メートル。300メートル。
フィニッシュゲートが近づくにつれ、私は声に出して言っていた。
「相馬さん!やりました!30キロ走れる自分になれました!ありがとう!ありがとうございます!」
気づけば涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
それを見て、隣にいた友達は笑っていた。
さあ!あの角を曲がればフィニッシュだ!
栄光のランナーみたいな気分。
なんだかすごいことをやってのけた気がした。
そして、ずっとあの言葉が胸の中でこだましていた。
「まずは30キロ走れる自分になれ」
人生を変える人に出会うことがあるだろう。
人生を変える言葉に出会うことがあるだろう。
その出会いを胸に生きられる素晴らしさを感じられることがあるだろう。
彼は生きている。私の心の中で。
そして私も生きている。あの言葉を胸に、今日もこうして。
~終わり