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縄への私見

この世界、縄が出来るかどうかが、ある一定の評価基準になっているところがある。前にLunaでマッチした人から、「SM誌の縛り方講座を参考に、彼女を縛って練習した」と言ったら、まるでド素人を見る様な、蔑んだレスが返ってきて、そのまま途切れた事があった。その人は、縄師とやらの受け手らしいが。

自分は吊りはやらないのと、女性の肌へのインパクトを考えて、綿縄を使う事が多かったのだが、その事についても、やれ危ないだの何だのかんだの言われた事がある。確かに、吊るすのなら、伸縮性の関係で、麻縄使った方が良いとは思うが、麻がダメって人もいるんだよね。

この世界の復帰して、初期に見聞きしたのが、「縄モテ」という言葉。要するに、縛りが出来るよ、縛られてみない?というアプローチをする男の事らしいのだけど、縛りが出来る事がモテポイントになるなんて、全く考えてもみなかった。高い車とか時計持ってる、ってのと、あまり変わらん様な。

そうこうしている内に、自分がただただSMしたい人なだけでなくて、ドミ度も結構あるという事に気が付いた。縛るのは目的でなく、手段である。女を拘束するに足る技術があれば、それで十分だったのだ。ジャンプ飛べなくてもオフロード走れるのと同じようなものである。

確かに、緊縛は日本のSMの華ではあると思うし、それが好きな人は、どんどん縄会とかで学ぶといいと思う。
しかし、そこに引きずられて視野が狭くなると、SMプレイの楽しさ、パートナー選びに、躓く様な気がしてならない。

自分がもし、女を吊るさないと興奮しない様な気質だったら、緊縛を本格的に習いに行ったと思う。そこまでしなくても性的に興奮するので、しなかっただけで。


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