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パートナーとの信頼関係の出来具合

「どうしてもお腹痛いのがダメ」とか「気分悪くなるから無理」という肉体的な理由で、浣腸がダメな人は仕方ないのだが、
「自分が出してるところを見られたくない」とか「出したものを見られたくない」といった、精神的な理由で浣腸がダメ、というのは、むしろ、ブレークスルーできる障害である。

そもそも浣腸って、腹が痛くなったり排泄感が煽られる肉体的苦痛と、出してしまう場面を見られたり臭いで辱められる精神的苦痛がセットになっているのだが、
肉体的苦痛は避けがたくとも、精神的苦痛の方はパートナーとの信頼関係の出来具合なのではないか、と思う。

つまり、見られたり、臭いがしても、それを嫌悪しない、動揺もしない、それも受け入れてくれる、あとのケアもしてくれる。そうした信頼が、パートナーの前で出せる心構えに繋がっていくと思う。
言い換えれば、まだそこまで信頼されてない相手に、目の前で出せと強要するのは、結構無理があるのだ。

とは言え、人前で排泄、しかも大の方をとなると、尊厳とか羞恥心とか、失ったり損なったりするものである。実のところ、浣腸はSMプレイの中でも、その度合いが大きい部類だと思う。
ただ、責める側は、そういう崩壊した相手を見るのが愉悦であるし、責められる方も自分を崩壊させたい欲がある。

ドミサブの場合、そういう行為や自分のはしたない姿を主が喜んでくれる、それが幸せという、従属行為になる。
エネマプレイの目的は、肛門を決壊させ自尊心を崩壊させる事はしたない姿を晒させる事で、支配欲と従属欲を満足させる事である。


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