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見知らぬ定食屋と顔見知りのマクドナルド

よくドラマなんかで出てくる、会社の同僚の男女が外回りで入る定食屋というものに憧れを抱いている。

間口は狭くて薄汚れた暖簾をくぐり入った店内は、使い込んだ木のテーブルと座面が畳になっているような椅子が置かれていて、壁にはメニューを書いた札がずらっと並べられている。奥ではおじいさんが料理を作り、おばあさんが忙しなく接客をする。そんなお店。

「いらっしゃい!」
「おばちゃん、〇〇定食」
「私も」

なんて言って、お盆に料理が乗って出てくるお店。長いことやっていると目に見えてわかるからだろうか、絶対美味しいんだろうなと憧れるのだ。

そういう店に憧れを抱いているが、なかなか出会わない。自分で探してわざわざ向かえばそりゃあるかもしれないが、さぁお昼を食べようと思った時にはなかなか巡り合わない。


先日、私は見知らぬ町にいた。
1人で。

夫が資格試験に車で行くというので同行したのだ。他県の全く縁もゆかりもない初めて訪れた見知らぬ町。夫が朝から夕方前までそこにある大学で試験があるというので私はその辺の神社を回ったりして1人で観光気分でぶらぶらしていた。

そろそろお腹が空いたなぁと思って駅前に来たのだけれど、見知った店が1つもなかった。
ファストフードもコーヒーショップも、それなりに大きな駅だと思っていたのに。

私はファストフードとコーヒーショップがギリギリ1人で入れるお店なのだ。牛丼屋もラーメン屋もファミレスさえも1人では心許なくて入れない。

でも、お腹が空いてしまった。
私はスマホのアプリで地図を開いた。何かないかと地図をスクロールしながら辿ると出会ってしまった。

数枚の写真を見ただけだが、ここは私が求めていたお店ではないだろうかとスマホを触る指を止めた。

その店に行って食べてみたいという気持ちと、1人では勇気が出ないという気持ちが葛藤し始めた。

しかし、以前noteにも書いたこともあるが、行きたいけど1人で行くのはと悩んでいるうちに閉店しまって後悔した事があった。


そんな事もふと思い出し、今行かなければ帰る時になってやっぱり行けば良かったと後悔するかもしれない。

私は勇気を出して行動してみるのもいいかもしれないと思った。それにこの日の私は少し違った。午前中知らない町にずっと1人で不安な気持ちでいたせいか、ちょっと投げやりになっていた。

ここで何かやらかしたとしても、私はこの町の者ではない。ここで会う人とは二度と会わないかもしれないのだ。そう思うと私は行ける気がした。


少し離れていたが店まで歩いて向かい、見つけたお店の中をガラス越しにのぞいてみた。満席だったらやめようと思ったが席が空いていたので手に力を込めて扉を開けた。

中には1人で食べに来た男性が2人と男女1組が席に座っていて、テーブルも5つほど空いていた。

「いらっしゃーい」とか聞こえるかと期待したが、何も聞こえない。勝手に空いている席に座っていいのかもわからない。

しかし、店の中は私が求めていたような店だった。メニューの黒い札がたくさん並べられている。雰囲気はまさに憧れの定食屋。

私はメニューを見ているふりをしながら立ち尽くした。いつか店員さんが来てくれると思ったからだ。

しかし、いくら待ってもやってこない。自分で言いに行くスタイルの店?え?と心臓をバクバクさせながら、3分くらいメニュー見てるふりをして立ち尽くしていた。

他の客の視線が気になり、ようやく意を決してとりあえず近くのテーブル席に腰をおろした。

さてここからどうしたものか。カウンターの向こうには、私が憧れの店に求めていたおじいさんとおばあさんがいた。

しかし、メニューがありすぎて決まらないし、注文を取りに来てくれる気配もない。そもそも私と言う客に気づいていない可能性もある。

とりあえず全然決まらないメニューを考えていると、私より少し先に入ったであろう男女のお客さんが「すいませーん、注文お願いします」というので私は心の中でそうだよね。と思ったらおばあさんが出てきて「この紙に書いてください」と言った。

私は気にせず真似をして紙を取りに行き「唐揚げ定食」と書いた。本当はご当地ラーメンとカツ丼のセットが食べたかった。しかし、ラーメンとカツ丼を1人で平らげるなんて食欲に自信のある私でも頼めなかった。

あぁ、夫と来ていれば食べきれない分は食べてもらえたのに。とか、頭の中で1人思いながらいろんな事を考えすぎて無難な唐揚げ定食を選んでしまった。


「すみませーん」と3回ほど徐々にクレッシェンドしてようやく振り向いてくれたおばあさんに紙を渡した。「1人?」「はい」というやりとりの後、私は席に戻り待った。

その後、慣れた様子で店に入ったおじさんがおばあさんに「カツ丼」と言ってるのを聞いて1人だから書かなくても良かったのかも。と考えて1人恥ずかしくなった。これが人見知りの特徴である。いや、私だけか。

運ばれてきた唐揚げ定食は美味しそうだった。唐揚げにキャベツ、そしてご飯と味噌汁と漬物といったシンプルなものだった。

私はそれをソワソワしながら食べた。美味しかったが1人でいる事でソワソワが完全に邪魔をした。投げやりで店に入ったが心臓が縮みそうに心細かった。

全てのものを胃の中に詰め込み、レジに行き「すみませーん」とまた何度かカウンターに向かって言ってようやく振り向いたおばあさんにお会計をしてもらい、「ごちそうさまでした」と言い私は店を出た。

店を出た瞬間、大きなため息が出た。そして「はー、疲れた」と思わず声が漏れた。美味しかったし、決して店員さんの接客が悪いわけではない。私が1人でドキドキしてアセアセしてワタワタしてしまったのが原因だ。

本当ならば夫と2人で行って「何にする?」とか「どうやって注文するんだろ?」とか言いながら食べたかったと思った。

けど、いい経験になったとは思った。たぶん、その店に行かないよりは行って良かったと。

まだ夫が終わるまでの時間があるのでどこかお店に入って本でも読もうと思ったが、やはりこれ以上個人店に入るのは流石に私の気持ちがもたないと思ったので、再び地図アプリを開いて「マクドナルド」と検索した。

歩いて10分と書いている。少し遠いと思ったが、先ほどのような店を見知らぬ人とするとマクドナルドは顔は見たことある。というくらいの安心感がある。

道を確認しながら歩いてマクドナルドへ来た。注文の仕方もわかる。勝手もわかる。「マクドナルドは万国共通だ!」と実際万国共通かは定かではないが拳を掲げたい気分だった。

店内はそこそこざわついてはいるがなんだか心地よい。落ち着く。普段ならマクドナルドですらソワソワしがちだが、先ほどに比べたらなんて事ない。

アイスティーとそこそこお腹いっぱいなのに安心感から三角チョコパイまで注文して2人がけの席に座った。

私はそこでただひたすらに文庫本のページをめくった。時間が経つのはあっという間で気づけば1時間くらい経っていた。

机の上に置いていたスマホが震える。ホーム画面を見ると夫からの着信。「終わったよ」と言われたので「お疲れ様、今マクド」と言うと、「ok.行く」と簡単のやり取りをして、再び本のページをめくった。

しばらくすると夫が向かいの席に座った。
なんだかわからないけれど、すごくホッとした。

私にとって顔見知りのマクドナルドはとても安心感がある。でも、全くの見知らぬ店も後から思えばなかなかのドキドキ感で楽しかった。

もし、今度またこの町に来ることがあれば今度は夫と2人であの店に入りラーメンとカツ丼のセットを頼もう。そして、夫に「あそこの紙に書いて注文するんだよ」と教えてあげよう。

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