占いの上手な活用方法《大成若欠 其用不弊》
老子と禅は切っても切り離せない。
今日から5回コースで、老子の一節をお伝えします。
まずは1回目。
【大成若欠 其用不弊】
(たいせいはかくるがごとくにして そのようやぶれず)
完全なるものは一見、未完成のように感じる事もあるが、何も欠けているものはない。
欠けているように見えても完成している。
完成しているものほど、欠けているように見える。
いろいろ解釈があると思いますが、私なりの見解でお伝えします。
完成しているもの。
それは未完成に見えてしまうかもしれない。
仏の教えなどは、完成しているものだけど、難癖付けられてしまう事もあるかもしれませんね。
物事には余裕やゆとりというものが必要なのです。
遊びの部分。
カチカチのマニュアルでは、何も学べない。
スキがあるように見えるかもしれないけど、完成している。
太陽は、もちろん完成しているのだけど。
難癖付けようと思ったらいくらでも欠陥品になるのだろう。
「暑すぎる」
とか、
「燃え尽きてしまうクセに」
とか、
「もっと適温にしてほしい」
とか、
「外出時は必ず晴れて欲しい」
など(笑)
ちょっと無茶なたとえをしましたが、難癖ってこんな感じだと思います。
せっかく完成したものでも、欠陥があると思ってしまったら、欠陥にしか見えなくなる。
たとえば自分自身なども完成しているものだけど。
「もっと身長が高かったらいいのに」
と思ってしまったら、低身長を欠陥だと認識してしまう。
私はずっと背が低い事を欠陥だと思っていましたので(;^_^A
「もっと落ち着きを持てたらいいのに」
と思ってしまったら、エネルギッシュさが欠陥になってしまう。
でも。
たとえ欠けているように感じても、完成しているのです。
禅の精神でも、答えは決して言いません。
完成を伝えないというか。
本当に大切な事は自分自身で導かないといけないのです。
知識として知っているのと、自分で体感して出てきた答えとでは雲泥の差。
そもそも正解などはどこにもなくて、有るのは自分の内側の核だけ。
自分がどうしたいのか?
と常に考え行動するだけなのです。
親が、先生が、彼氏が、彼女が、先輩が、友達が…
なんていうのはどうでもいい。
自分が行動してみて、なんか違ったと思ったら、
「これではなかったんだ」という事がわかった!
という成功体験になるのです。
だから、欠けているものはない。
失敗などは無い。
すべてが完成形で、すべてが大切な経験で、すべてが唯一無二の出来事。
だから、本当に素晴らしい人は指示命令を出しません。
自分で考えさせる余裕がある。
でも、依存したい人は
「あの人は何も教えてくれない」
とか、
「指導力がない」
などと思い、それを欠陥と受け取るのでしょう。
自分の物差しでしか事象を計れない人は、同じような人を素晴らしいと思う傾向がある。
だからいつまでたっても問題が解決しないまま、年齢を重ねてしまう。
自分で自分の能力や適性を理解して、ひたすら向上のための努力ができる人は、他者の意見を参考にし、自分なりの結論を出す事が出来るから、依存しない。
起こる出来事に自分なりに対処していく事ができるから、悩みも無い。
できる事をやってみるだけで、悩みが無くなる。
ならば、やらなきゃもったいない。
答えは自分の中にある。
どんな悩みでも、自分の中に答えがあります。
そのヒントを導くために、占いがある。
答えは自分で見つける。
でも、早く答えを導き出すために、占いがある。
自分一人で考えていても、堂々巡りに陥ってしまった時。
たぶんこれであっていると思うけど、少し自信がなかったり。
やってみたいけど、背中を押してくれる何かが欲しかったり。
人間は完璧じゃないから、少しだけ、他者の力が欲しくなるのです。
決して、占いに依存しないように。
でも、ヒントはたくさんくれますので、有効的に活用してください。
占いを楽しみたい人は、個人セッションいろいろどうぞ♪
タロットレスタロット?・魂からのメッセージはこちら。
禅タロットを習得したい人はこちらをご参考に♪
先を考えている人はタロット鑑定もオススメ。