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錬金術と茶道

アルケミスト。つまり錬金術。
錬金術はこの世のセラピーの元型である。不完全なるものを完全なるものに変える業である。

いくつかのオプス(操作)を加えて卑金属を黄金に変えるプロセスを学ぶことはセラピーのレベルアップに繋がる。

古代の医療では錬金術は必修科目になっていたとか。心理学者のユングも錬金術の研究をしていたことで有名である。

レトルトと言われる特殊な容器の中で、錬金術師の魂が注がれたものは、黄金へと姿を変える。

黄金は太陽の象徴であり、完全なるものである。不完全であるからこそ完全へと向かうことが出来る。不完全さを愛したときに、自己否定などと言う自己破壊から脱出できる。

この世の中には、錬金術を元型としたものはたくさんある。例えば料理がそうである。ある素材を似たり焼いたりして、より美味しいものに変容させる、、それはまさに錬金術そのものなのである。

数ある錬金術の中でも私が特に、重要だと思うものは「茶道」である。抹茶というお茶の粉に湯を注ぎ、茶筅でお茶を点ててお客様をおもてなしする。
錬金術の全てが入っていると言っても過言ではない。

茶道の偉人である千利休は「稽古とは一より習い十を知り十よりかえるもとのその一」という名言を残したが、これにはカバラの生命の木の思想が根底に見え隠れする。

戦が当たり前であった時代に、刀という武力ではなく、お茶というおもてなしで頂点に登りつめた千利休から多くのことを私たちは学ぶことができるだろう。

ぜひとも、自分の手で1度お抹茶を点てて飲んで欲しい。心身が変容するプロセスを体感できるだろう。


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