#短編小説「ダメ人間の琉球の夜」
財布の中身を確かめ、確かめ、酒を呑む。琉球の那覇にある、1泊1000円の宿に泊まり、毎日、かび臭いべッドで虚無に苦しめられていた。
夕方になるとベッドから這いずり出て、乱れた髪もとかさずに、無精ひげを気にすることもなく、盛り場へと出かけて行くのである。つま味は、できるだけ頼まずに、あと何杯なら呑めるぞと、軽い財布の中身を気にしつつ、落ち着いた気持ちで呑むことはできない。気の弱い私は、金のことばかりが頭をよぎり、酔えないのである。
しばらく、那覇に滞在していると、私も悪知恵が身についた。那覇には国際通りと云われる、観光客目当ての土産物屋が、建ち並んでいる通りが存在する。それぞれの店の土産は代わり映えせず、どの店も同じような物を置いている。当然、客の争奪戦は激しいものとなる。
琉球の土産物といえば、泡盛である。どの店も、うちの店が一番安いと宣伝し、試飲を勧めてくる。私は、いかにも土産物を得んとしようとして、散策している観光客になりすまし、一軒、一軒、でかい面をして試飲して周るのである。
「この島酒は飲みやすいね。でも私向き、いやいや、土産物を買っていく相手の好みではないな。そっちの青い瓶のものを飲ませてもらおう。違う、違う、その隣のアルコール度数が高いものを頂こう。」
概して、島酒はアルコール度数が高いものが上等なのである。さんざん様々な種類の酒をあおったあげくに「もう少し見させてもらって、後で、こちらの店で購入させてもらいましょう。」と退出する。
そんなことを一軒入っては出、一軒入っては出としている内に、国際通りの終わりまで来る頃には、かなり酔っ払っている。
島酒のストレートをはしごして、上機嫌の私は、すかさずヒッチハイカーへと変貌する。酒はどんどん回ってくるので、何がなんだか訳がわからない。
けれども行き場所は一つ、女性を買いに行くのである。その街は那覇からすこし北上した場所にある。コンクリートむき出しの、小さなバラックが点在し、いかにも怪しいネオンが薄暗い路地を幽かに照らしている。
バラックの扉は開けはなれていて、派手な化粧をした女性達が椅子にすわっている。ある者は、私に熱い視線を送ってきて、またある者は無表情でパラパラと雑誌をめくっている。
ヒッチハイクした車をタクシーのように使い、酔った勢いで「ここで会ったのも何かの縁、あなたもご一緒にいかかですか」と腕を握りしめ離そうとしない。ドライバーは、完全に私を乗せたことを後悔してる様子である。
車の振動で、酔いは完全に回っている。千鳥足で、さてさて好みの女はと一人、一人凝視するのであるが、皆、同じ顔に見える。同じ顔なら、どこでも同じだと、一番近いバラックで野良猫と戯れていた女に「いくらだい?」と質問してみる。
「15分、5000円」との答え。それは困る、たった15分で事を済ますことが出来るかどうか、甚だ自信がない。「30分、10000円もやってるよ」女は何のためらいもなく答える。
「それは良い。では、それでお願いしよう」私は、バラックの奥にある薄暗い部屋に連れて行かれ、女は機械的に自分の服を脱ぎ始める。何、俺も負けてたまるかと、わざとパンツのほうから脱ぎはじめる。無頼派の気障な意地である。
しかし、ベッドに寝かされた私は、その女のなすがまま、いいようにあしらわれている。こんなのでは、いけない。内地の男は気が弱いと思われては恥じと、こちらも攻めようとするのであるが、酔っ払っていて何もできない。だめなのである。15分経っても、20分経ってもだめなのである。
女は懸命に奉仕するのであるが、さらに酔っぱらい、自分はどんな状況にあるのかさへ、解せない。あれだけ上機嫌だったのが、なんだか、だんだん哀しくなってきた。とうとう30分終了のベルが鳴ると、女のぽつりと洩らした言葉にやられた。
「お酒を呑むと、皆そうだから気にしないでね」
今、考えてみると大して胸にせまってくる言葉でもない。それでも、その時の私には何か感じるところがあった。死にたいほどの苦しみを抱えてる中での、何気無い女性の優しい言葉に、私は心がほろりとしてしまった。
いや、実際、おいおいとその女性の胸で泣いてしまった。あげくの果てにベッドにゲロを吐く。その女は嫌な顔一つせずに、汚物をかたずけてくれ、別れる折に、なぜか「がんばって」とまで云われてしまった。
あれだけ意気揚揚と女を買いにきた私は、事を果たす事もできずに、全裸で泣きわめいたあげくにゲロ。励ましの言葉まで賜った私は、どんな風に思われていたのだろうと意気消沈し、背中を丸めて薄暗いネオン街を、ふらりふらり揺れながら消えていったのである。
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