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「掌に星の落つ」(宮澤賢治「銀河鉄道の夜」の二次創作)
お星様を見に行こうか、と母は言った。
あの夜、私は母に手を引かれて家を出た。
「何処に行くの」
母は答えなかった。十歳の私は何となく、それ以上聞いてはいけないような気がして黙っていた。荷物も持たず夜の電車に乗る親子を、怪訝な顔で見る人も居た。
「ほら、着いたよ」
座席で居眠りしていたのを起こされて、私たちは電車を降りた。
誰も居なかった。小さな明かりが小さな駅舎を照らしていて、一歩出ると暗闇だった。
はるか頭上で ぽつん ぽつん と街灯が灯っていて、遠くの星座のように心許ない明かりの下を、母だけが確かな足取りで歩いてゆく。
私は黙ってついていった。
ざざん。ざざん。
ずっとずっと下から海の音が聞こえる。
「ここへお座り」
と母がハンカチを敷いてくれて、私たちは崖の上に座った。
どれ程時間が経っただろう・・
「おや、おたく達も見にいらしたんですか」
「えっ・・・」
後ろに白髪のお爺さんが立っている。
「こりゃあ参ったなぁ。こんな穴場、わししか知らないと思ってたんじゃが。こりゃあ参った」
お爺さんは遠慮なしに私たちの隣に座って、ピクニックみたいに水筒とお菓子を出して私たちにすすめた。お母さんはさりげなく顔の痣を隠した。
「間もなくですよ。あんた方、いい時に来なすったねぇ」
お爺さんはニコニコと夜空を見上げている。
「あっ、お母さん、今の見た?」
「え、なぁに」
「何の、まだまだ。ピークはこれからじゃよ」
「うわぁっ・・・・・・」
・・・あの時の流星群を、私は一生忘れないだろう。
家に帰ると、玄関で酔い潰れた父が、吐瀉物を喉に詰まらせて死んでいた。同居していた祖母は父の弟に引き取られた。父に殴られることも、祖母に嫌みを言われることも無くなった母は外で働き始め、私は成長して大人になった。
「どうだ、今年も見に行くか」
「ウン!・・・お母さんは、やっぱり行かないの?」
「そうね・・・今年は一緒に行こうかな」
夫が目を丸くする。
「どうしたんだ、今までどんなに誘っても行かなかったのに」
「星が嫌いだったの。でも、そろそろ、もういいかな」
私は水筒に温かい紅茶を入れる。カップを三つ。荷物にお菓子も入れると遠足だ遠足だ、と十歳の息子がはしゃいでいる。
「あのね」
車の中で私は言った。
「私本当は、星が好きだったの」
(了)