SNSジャンキーの自己否定という名の新トレンド
かつて命を削ってまでSNSを愛し、その世界で名を馳せたインフルエンサーが「もうSNSは時代遅れ」と言い放つ瞬間ほど滑稽なものはない。お前がそんなことを言う資格があるのか?SNSがなければお前はただの凡人、何の価値もない存在だったはずだ。けれど、今さら「自分はそんなものに縛られない」とか格好つけて何様だと思う?そこにあるのは、ただの自己否定という名の浅ましい逃避だ。
お前の人生は確かにSNSで作られた。無数の「いいね」によって膨らんだ自意識、それを糧にして築き上げた虚構のキャラクター。それを捨てることは、お前が全ての土台にしてきたものを切り捨てることに等しい。それはまるで、自分を生かしてきた医者に向かって「医療なんてクソだ」と唾を吐きかける患者のようなものだ。だが、忘れてはならない。お前を作り上げたのはSNSそのものではない。SNSを利用しながらも、他人の優しさや共感をただの道具としか見なかった腐った性格、それこそが本当のお前だ。
SNSは単なるツールに過ぎない。それをどう使うかは人間次第だが、結局お前はそれを自分を飾るための道具にしか見なかった。そして今度は、使い古した道具に責任をなすりつける。まるで壊れた鏡を見て「自分が醜く映るのは鏡のせいだ」と言っているようなものだ。その滑稽さには目も当てられない。SNSを捨てたところで、根っこの腐り具合は何も変わらない。残るのは、お前自身の薄っぺらい本性だけだ。
そして何より、SNSを愛し、その恩恵を受けてきたことを否定することは、お前を支えたファンやフォロワーたちをも否定することになる。それを忘れるな。お前が振り撒いた自己陶酔の世界に付き合わされた連中もまた、いつかこう言うだろう。「SNSを辞めたあいつは、結局自分自身が問題だったと気付かないまま、また別の何かを探して逃げている」とな。