ひたすら遠くに行く日【18きっぷ・現実逃避の旅行記-1】
プロローグ
私は、8月が終わってすぐ、旅に出た。
1個前の記事は、この旅の途中で突然なにかを遺したくなって、自分の頭に浮かんだことをそのまま、カプセルホテルで書きなぐったもの。
あのあと、旅から帰ってきて、日常の舞台に戻って…
流れるように2週間が過ぎて行って…
旅の感覚が少しずつ離れていくとともに、あの旅は、あの日々は2度と戻ってこないんだろうな、と思うようになった。
この旅の記憶は、たぶん、
私にとってたいせつなもの。
だから、今のうちに…
薄くなって、消えていってしまう前に…
書いておくことにしよう。
2024年 9月 3日(火)
旅立ち
その日の朝は、台風が通り過ぎたばかりだというのに曇っていた。
とくに予定は決めていないので、とりあえず、家を出て…前日に買ったばかりの青春18きっぷを片手に、駅までの道を歩く。
この旅は、大学生の夏の旅行!と聞いて思い浮かぶ、キラキラした、青春の1ページ!って感じの旅行とは違うかもしれない。
でも、そんなんじゃなくても、日常を離れるってだけで、ちょっと嬉しくなる。
駅に着くと、平日だということをすっかり忘れていたので、思いっきり朝ラッシュに巻き込まれてしまった。
スーツ姿の社会人に囲まれた電車の中で、大きなカバンを2つももっている私はさぞかし浮いてたことだろう。
このまま何もせず、「普通」に就職することになれば、数年後には、自分は向こう側にいて。
毎日こんな感じで満員電車に乗って、それから何十年も同じことを続けることになるということ。
ちゃんと向き合って、考えないといけなくって、そのタイムリミットまでもう時間がないということ。
朝からなんだかお疲れな車内で、ひとり考えていた。
死生観とか
飛び降り自殺のニュースがあった場所を通った。そのとき、ふと思ったこと。
少なくとも今の私は
今すぐ死にたい、と思っているわけではない。でも…
かといって、このまま、何もせず生きていくのは、疲れるし、怖いし、なにより嫌だ。
私が死んでも誰も悲しまなくて、誰にもなにも言われなくって。
みんなも、死んだあいつは幸せだった、って思ってくれるんならいいけど…そんなの、無理。
だから、何もわからなくても、藻掻くしかない。そもそも、死ぬ勇気なんか私にはないんだし。
乗り換え
通勤ラッシュを抜けた東海道線で、ひたすら西に向かう。台風が残っているのか、雨のせいで電車は遅れているみたいだった。
次の乗り換えまで2時間くらいあったので、なんのために旅に出るんだろう、みたいなことをぼんやり考えてみた。
一番最初に浮かんだのは、「自分」と向き合う、ということ。私は何が好きなのか。何をしてどう思ったのか。その感情ひとつひとつと向き合いたかった。
そして、今の「自分」そのものと、その感情を形にしてみること。絵に描いてみたり、言葉にしてみたり。このnoteだってそのうちのひとつ。そのままの自分を他の人に明かすのは、怖い。それを乗り越えるための練習みたいなもの。
なにかのきっかけに、ならないかな。
そんな淡い期待を抱いて、旅はまだ始まったばかり。
午後
電車は、名古屋を通り過ぎ、岐阜に入っていた。
ひたすら眠った。
午後のやわらかい空気と電車の揺れが気持ちよかった。
ずいぶん長い間、寝ていた気がする。
ガラス細工とオルゴール
滋賀県の米原駅で、また乗り換える。
このまま東海道線で京都や大阪の方にも行けるけれど、まだ行ったことのない場所に行きたくて、日本海側へ進む北陸本線の電車を選んだ。
10分くらいで、電車はあっけなく終点の長浜駅に着いた。次の電車まで時間があったので、駅を出て歩いてみることにした。
長浜は昔からのまちなみが残っていて、古い建物を改装したお店が街道にそって並んでいた。そんな街をただ行先もなく歩いて、ときどき足を止める。
街の一角の「黒壁スクエア」というところに、「黒壁ガラス館」という看板がかかっていた。
建物に入ると、ガラス細工の作品が所狭しと並んでいる様子が目に飛び込んでくる。
ぼんやりと店内を眺めながら歩く。
ガラスは、どんなに大切にしても結局は割れて粉々になるだけだから、お土産には向かないかな、と思った。夕方の陽が差し込むなか、整然とならんだガラスの食器やペン、アクセサリーは、どれも手に届かないような美しさを持っていて、綺麗だった。
何年も使われているであろう重厚な階段を上がって、2階に上がる。
2階は、たくさん積まれたオルゴールがおもいおもいに響いていた。優しく、でもはっきりとこころに響くオルゴールの音が、好き。ひとつひとつ聴き比べて、その中から選んだ。千と千尋の神隠しの「いのちの名前」。なんとなく、これがいい。透明な天球のなかにオルゴールの機械がたいせつに守られていて、ちょっとした宝物みたいなかんじがした。
結局、どんなものだっていつかは壊れる。ガラス細工もオルゴールも僕も、それは同じ。それなのになぜ、壊れるのが嫌なんだろう。
不思議な気持ちがした。
列車の来ない駅
駅に戻って、電車に乗る。県境を超える新快速に、人は少なかった。
30分くらい乗って、終点の敦賀に着いた。乗り換えの小浜線は発車時刻間際で、乗った瞬間にドアが閉まった。
夕日が落ちるのを眺める。途中の駅から、家に帰る高校生でにぎやかになった。ひとり旅は、ときどき、さみしくなる。
もうすっかり暗くなった舞鶴の街を歩く。港には船が並び、ライトアップされたレンガ倉庫は静かにたたずんでいる。
遊歩道になっている廃線跡があった。列車の来ない駅は、明かりだけがついていた。
さみしいときは、誰かに甘えたい。
自分ひとりじゃ、自分を許すことなんてできない。だから、すべてを受け入れてもらいたい。誰かに、埋めてもらいたい。だれかに、抱きしめてもらいたい。
夏が始まる頃は、そう思ってた。
カプセルホテル
また電車に乗って、終点の福知山で降りた。
駅前の通りは、誰もいなかった。
お金を出せば、さみしくないのかもしれない。ただ、そう思った。
さっきの電車の中で予約した、国道沿いのカプセルホテルに泊まる。夜ご飯を食べていなかったので、近くのコンビニで買ったカップ麺を食べた。
3時過ぎまで起きていたような気がするけれど、覚えてない。いつの間にか、寝ていた。疲れていたのかもしれない。
こんな感じで、長いような短いような1日目が終わった。