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変態が出る道。


自分が今まで暮らしてきた場所。そのゆく先々で必ず、「変態が出る」と噂される道があった。たまたま仲良くなった近所のおばちゃんに、「あそこは昔から変態が出る道なんだよ。お兄さんも気をつけなさい」などと教えられたりして、いつも記憶している気がする。これは共有知みたいなもので、そこの住民となるなら、すべからく頭に入れることになるのだろう。とにかく、どこに行ってもそういう道とは縁があった。


いま私は地元で暮らしているのだけど、そこでも昔から「変態が出る」と言われる道がある。その噂はもう、私が子供の頃からずっとあった。いまだに近所のマダム同士の会話の中で、例の道で怪しい人が妙な時間にたむろしているといったことを大音量で聞くこともある。昔から不思議なのは、その変態の実像がいつまでも出てこないこと。捕まったなんて話をきいたこともなく、何十年とひたすら、その道は「変態が出る道」であり続けている。


とにかくどこに行ってもそういう道はあるのだが、噂される道を通って検証を続けた時期がある。その時に感じたことと、その後、他の道を知って試しに通ったときの、その妙な似通い方が記憶に残っている。どの道も、いってみれば支流だった。本流の道は割と近くにあり、そこでは常に人の流れが途切れず、空気がとてもよく動いていた。そんなところで変態をしようという気が知れない。変態の計画のうちにはまず入らないだろうなと察してみたが、正直よく分からなかった。


で、問題の支流の方の道はというと、どの道にしても確かに人通りが少ない。とはいえ、妙に薄暗いとか、隠れやすい場所があるわけでもなく、道幅は広くはないが見通しが良く、両脇には人家が並んでいたりする。もし何かあれば、かえって発覚しやすいともいえる道が多かった。こんなところで変態に及ぶなんてどういう了見なのだろう。いや寧ろ、変態にとってはこういう場所がいいのか。ありありと知られるのは本心ではないが、たまたま少数の人間に発覚することは、ある意味で燃えるのかもしれない。


その後も噂される道を聞けば通ってみて、変態の心理を探ってみたものの、私には結局よく分からなかった。そもそも、相手がどういう事に及ぶ変態なのかも分からないのだ。変態ひとりひとり考えは違う。これは妙な思考かもしれないが、もし変態の気持ちを考えるなら、私自身がどんな変態を行いたいかを基準として考えなければならない。この道で、私はどんな変態になってみせたいか。その計画やビジョンがない限り、変態の事を考えるのは不毛だ。そう悟り、深く考えるのは止した。


もしかしたら、いつか変態に逢えるかもしれないという妙な期待感が生まれ、「変態が出る道」を普段の生活道路として使うよう意識した時期もあった。買い物に行く時にわざわざその道を通っていくとか、仕事帰りに遠回りしてその道を通って帰宅するなどしたが、結局不毛であった。一度として変態に出会ったことはない。


夏の真っ盛りに一度、酔った勢いでその道に行き、「ここで待ってりゃ変態もでるかなぁ」などと、チューハイ片手に脇の手すりに腰掛けて、誰かを待っている風情で居たこともある。でも、通りがかった学生や主婦やサラリーマンが皆、怯えたような視線で見るため、居た堪れなくなって帰ろうとしていた。そしたら、向こうからランニングシャツを着たおじさんが、錆びた自電車をきぃきぃ引きながら歩いてきた。


近くまで来ると、そのおじさんが妙に親密そうな笑顔で話しかけてきた。でも、八月の夕方、つんざく蝉の鳴き声で聞き取れない。「え」と、耳を向けると、「誰か待ってるの」と聞かれた。「いや、なかなか来ないんで帰りたいですよ」と、正直な気持ちをおじさんに伝えた。自転車のカゴに汚れた野球のボールが何個かと、ビニール紐みたいなのが見えた。「たぶん来ないですよ今日は」おじさんは穏やかにそう言った。「そうですか」「うん」「じゃあ、帰ります」「じゃあね。頑張ってね。あなたも大変でしょうけど」


おじさんは私の前で、それまで引いていた自転車にまたがると、ふらふらと夕景の中を遠ざかっていった。私も釣られてついていくが、フラフラと蛇行していても自転車の方が速い。なんとなく、そのおじさんに遠くに行ってもらいたくない感じがした。心細さがあったが、徐々におじさんとの距離が遠ざかっていく。


道の終わりでおじさんが止まった。向こうから鋭い日が差し、うまく直視できないが、ただの影になったおじさんがいた。こっちを向いているような気もしたが、ただの願望かもしれなかった。そのおじさんの影もすぐに消えて、ひたすら全身に直撃する夕日を受けて、一歩ごとに悲しくなった。


【補足】

・この話は一応ノンフィクションですが、著者の記憶の欠如が著しいため、一部フィクションで補っています。

obyの方から読みにいらっしゃった方へ。若干そちらとは記事のタイトルが変わっています。よしなに。

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