SOHOで起業した旅行会社のはなし|6〜売上を支えるもの
会社は、資本金と場所さえ用意すれば誰でも設立することが出来る。
会社登記や定款、あるいは決算書類などのペーパーワークは、様々な本やネットにいくらでも参考になることが書いてあるから、真似すればいい。
会社経営で本当に難しいことは、会社をどう続けていくかだ。起業するにあたり、自分自身いくばくかの躊躇があったのはその点だった。
それをどうやって克服していったか。
答えは、会社の売り上げを支える柱となる商品を作ることだった。
会社を支える柱となる商品
前籍の会社と顧客の分配は行ったものの、「営業マンの宝」ともいうべき、自分の顧客リストは全くなかった。そんな自分が独立、起業するなど夢のまた夢と思っていたが、今は顧客リストを手に、足で稼ぐ時代ではない。
そして、顧客リストだけでは、会社を運営し続けることは出来ない。
そのままでは他の旅行会社と変わりはなく、当社ならではのセールスポイントが全くないからだ。
では、会社を運営し続けるため、当社のファンを作るには何が必要か?
まず、思いついたのは以下の記事でも触れた、「オーダーメイドとオープンプライス」だった。
何でも「一式いくら」で料金を提示する、一般的な旅行費用への不信感を少しでも払拭するため、見積もりに各旅行素材の料金を記載し、最後に自分たちが得るべき手数料(利益)を提示することによって、顧客からの信頼を得ることを心がけた。
実は、会社を長く運営するために必要なこととは、常に顧客に対して誠実に対応することだろう。とても単純なことだが、難しいことだ。
そして、それ以外に必要なものは、会社の柱となる商品またはプランを持つことである。
それも他社に負けることなく、それによって自社のファンを作ることが出来るような「ぶっとい柱」となる商品が必要だ。こればかりは、誰もがすぐに用意できるものではない。
当社における「ぶっとい柱」とは何か?
手前味噌ではあるが、それは
・ウィンブルドンをはじめとする、海外テニス観戦素材
・ゴルフの聖地「セントアンドリュース」でのゴルフプレーパッケージ
・海外乗馬ツアー
の3つだ。
いずれも当社だけが取り扱っているものではなく、他の旅行会社でも申し込むことが出来るものだ。
しかし、「ウィンブルドン」と「セントアンドリュース」については、前籍の会社で現地に何度も足を運んだ経験があった。だから、他の会社の担当者より勝っていると自負していた。
これが、自分たちにとって会社を運営していくに値する「ぶっとい柱」になったと思っている。
「ウィンブルドン」と「セントアンドリュース」との出会い
テニスとゴルフについてのきっかけは、前籍の会社で取引があった、スポーツ・ホスピタリティ・パッケージを販売する英国の会社だった。
・失敗から始まったウィンブルドン・パッケージ
1993年、日本で初めて、ウィンブルドンの観戦チケットを含むホスピタリティ・パッケージを販売することになり、筆者はその会社との連絡窓口となった。
今では一般的になってきてはいるが、そのパッケージは予め決まった人数分を買い取って販売し、万が一売れ残っても払い戻しが出来ないという、リスクの高いものだった。
1か月前までは無料で旅行を取り消すことが出来る、日本における旅行取消料の常識と、買取による払い戻し不可という海外の常識とは、かなりずれがあった。同時に、スポーツ・ホスピタリティがどんなものなのか、日本では全く浸透していなかった頃だ。
そして、このホスピタリティ・パッケージのうちで最も高価な、ウィンブルドンの男女決勝2日間が含まれるパッケージを、観戦ツアーとして販売することにしたのだった。添乗員同行で、一人75万円前後だったと記憶している。
ちょうどバブルがはじけたばかり、まだ、バブルの余韻は残っていた。
スポーツメーカーに購入してもらったり、テニス関連協会に講演してもらったり、あれこれ手を尽くしたのだが、当然のことながら、なかなか高額な観戦ツアーなど売り切ることが出来なかった。
そのため、最終的には自ら添乗員としてロンドンへ赴き、お客様のお世話をしながら、現地会社担当者に、売れ残ったチケット分をなんとか払戻してもらえるよう交渉した。
現地で再販してもらったり、その担当者と2人でぎりぎりまで頭をひねりながら、この状況を乗り切ることに尽力した。
本来なら、買い取りが条件の商品なのだから、売れようが売れなかろうが現地会社の担当は何もする必要はない。けれども、日本からわざわざロンドンまで来て、売れ残ったチケットを抱えて困っている筆者のために、出来る限りのことをしてくれた。
それ以来、5年もの間、毎年このホスピタリティ・パッケージを観戦ツアーに仕立てて販売するようになった。当然のことながら、なぜ世界中の人達がウィンブルドンのセンターコートのチケットを欲しがるのか、少しずつわかってきた。
・世界で唯一のエクスクルーシブなゴルフ・プレーパッケージ
さらに、その担当者は、「今度、セント・アンドリュースでのエクスクルーシブなゴルフプレーパッケージの販売を始めるので、日本での販売を手伝ってほしい」と言われるようになった。
聖地セント・アンドリュースのオールドコース、そのティータイムを確約する、世界中で唯一のゴルフ・パッケージだ。
今度も初めてのものだから、今度は失敗しないよう、事前に視察まで行った。
その後数年間、テニスとゴルフのホスピタリティ・パッケージ販売でその会社と取引があったが、何かのきっかけで、前籍の会社で取り扱いをやめてしまった。さすがにその理由は、いち平社員の自分にはわからなかった。
そして、2002年に自分の会社を起業した時、数年連絡を取っていなかった英国の会社の担当者に、会社を設立したことをメールで連絡した。
その翌日、わざわざロンドンから直接、祝福の電話をくれたのだ。
それがきっかけで、今の会社でもウィンブルドンとセントアンドリュースのホスピタリティ・パッケージを取り扱うことにした。
以前同様、申し込み後の取消条件は厳しいものだったが、事前買取はせずに取消条件を承諾してくれた人だけに販売すれば、何のリスクもない。こうして、海外の取消条件を適用した個人旅行の素材として販売を始めたのだった。
2013年、全世界で2社しかないウィンブルドン・オフィシャル・エージェントで販売エリアを分配するよう、AELTCが公式に取り決めた。
当社と取引があった会社はヨーロッパ、アフリカ、アメリカエリア担当となったため、ずっと付き合ってきた会社との取引を終了せざるを得なくなった。
また、時を同じくして、1993年以来公私ともに付き合いがあった、その会社の担当者がリタイアした。しかしながら、現在もセントアンドリュースのゴルフプレーパッケージは、引き続きその会社と取引している。
また、テニス観戦については、その会社以外の様々なオフィシャルエージェントと取引を開始し、今ではグランドスラム及びATPワールドツアーマスターズ、ATPファイナルの観戦パッケージ及び観戦チケットの販売を続けている。
こうして、自分の旅行人生のほぼ3分の2以上、ウィンブルドン及びセントアンドリュースと関わってきたことは、他の会社には真似できない絶対的な柱となって、今の会社を支えている。
海外乗馬ツアーとの出会い
海外乗馬ツアーは、この会社を始めて少し経ったころ、ある旅行客から海外で乗馬を楽しみたいというオーダーメイド旅行の依頼を受けたことに始まる。
自分自身乗馬をしたことがなく、まったく知識もなかったが、受けた依頼を「旅行」という形に変えるのがオーダーメイドだと思い、一から調べ始めた。
その依頼は、「スイスで乗馬をしたい」という希望だったので、スイス各州の観光局のウェブサイトを片っ端からあたり、乗馬の情報を探した。そして乗馬を取り扱う会社を見つけ、すぐに連絡して情報を入手し、旅行プランにしていった。
これが、乗馬ツアーを取り扱った最初である。
その旅行客が帰国するまで、乗馬旅行プランがどう影響するか見当もつかなかったが、帰国メールを頂いたときに、この旅行作りが成功したことを知った。
その後、その旅行者から別の旅行客を紹介してもらった。
今度はフランスでの乗馬だったが、同じように観光局のサイトから、乗馬を取り扱う会社を探し出してコンタクトした。あいにく、その会社は英語は話せるものの話したがらず、またメールもフランス語で書いてくるという始末の悪さだったが、なんとか出発までこぎつけることが出来た。
そして、フランスへ出かけた旅行客は、当社のリピーターとなってくれ、翌年わざわざ「この会社の乗馬ツアーで旅行したい」と言って、フランスの乗馬専門の会社のウェブサイトを連絡してきてくれた。
それが現在取引のある会社である。
1度ならともかく、2度、3度と乗馬旅行の依頼があったことで、日本では海外乗馬の需要があるのだと認識し、本格的にそのフランスの会社のツアーを、自社ウェブサイトで案内するようになった。
最初はフランス国内のツアーのみだったが、その後ヨーロッパ各国からアフリカ、南北アメリカ、アジア、オセアニアの各乗馬コースを、ウェブサイトで案内するまでに至っている。
これだけ取り扱っていながら、未だに自身では乗馬に興味がない(自分で趣味としてやってみようとは思わない、という意味だ)。しかし、旅行会社では、自分が興味があるものばかりを取り扱っているのではなく、いかに顧客のニーズを把握して旅行という形にできるかが大事だ。
テニス、ゴルフ、乗馬とも、販売を始めようと思ってすぐに出来るものではない。
自分自身、これだけ時間をかけてきたからこそ、今の会社での「ぶっとい柱」の旅行商品になったのだと思う。
現在旅行会社に在籍し、将来独立を考えている人は、まず今の会社で将来の自分の柱となる何かを探してほしい。それは、今在籍している会社を超えて、自分自身の将来の「財産」にもなるからだ。
注)このはなしは、コロナ禍以前までのこと。世界的パンデミックを経験した今、旅行業の未来はまだ見えない。
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