SOHOで起業した旅行会社のはなし|3〜失敗しない仕事はない
旅行業登録申請から約1か月、ようやく登録完了の連絡が来た。
前回書いた通り、日本旅行業協会への入会手続きを済ませ、狭いSOHOの事務所に登録票を掲げた。
開業日を1週間後に決め、引き続き雑務に追われる日々が続く。
よく、「失敗しない〇〇」という言葉を聞く。
この会社は、社員を抱えることなく「自分達が食べていけるだけ稼いでいけばよい」という楽な気持ちで始めた会社だ。そもそも、失敗するかしないかを悩む必要はない。
自分たちなりの「失敗しない」旅行業を続けていくだけだ。
しかし、失敗しない仕事などあり得ない。
失敗しないための営業スタイル
営業マンが鞄を持って、顧客を1軒1軒訪問する昔ながらの営業スタイルは、もはや昭和のスタイルだ。少人数制のSOHOでは、スタッフが外歩きばかりしていては営業が成り立たない。
それに代わる営業スタイルは何か?
答えはインターネットだった。
前回、経営方針について触れた通り、ターゲットは「団体」ではなく「個人」だからこそ、インターネットが役に立つ。
会社設立を決めた時から、現代の旅行業にはホームページが必須と考え、すぐにオーダーメイド型旅行をアピールするページ作りに取り掛かった。
とはいっても、今までホームページなど作ったことがなく、どうやって作るのかさえ全く分からない。
プロバイダー契約をしている@niftyが提供するサービスのひとつに、無料ホームページ作成ソフトがあったので、手始めにこれを利用してみることにした。
その頃はまだ、ホームページは所詮「待ち」のツールとしか考えていなかった。アクセスアップや、集客のために必要なSEOといった言葉さえ知らない。
そのような状態で、ホームページに何を書いていくのか?また、何を書いたら売り上げにつながるのか?
手探りで始めたことは、以前在籍していた会社で取り扱っていたヨーロッパへのスケッチ旅行に添乗員として同行した内容を、コラム風に書いていくことからだった。
自分の実績を書いておくことが必要だと考えた。
スケッチを目的とする旅行は、いわゆる観光地や大都市へはあまり行かず、スケッチのモチーフとなるようなヨーロッパの小さな村や町へ出かける。
例えばイタリア・トスカーナの赤い煉瓦屋根と石造りの家々が続く町並みや、その中にぽつんとあるとんがり屋根の教会、その奥に見える糸杉やオリーブの木が点在する緑豊かな丘が続くような風景だ。
添乗業務の合間合間に撮りためた、そんな風景の写真を一緒にアップして、その時々に起こった小さな出来事をウェブサイトに書いていく。
そうすることで、パッケージツアーでは訪れることが難しい小さな町や村を、より多くの人々に知ってもらい、そして「そこへ行きたい」と希望する人たちの旅行を手掛ける。そんな目的からホームページづくりから始めた。
少しずつだが、ホームページの作り方がわかってくると、借り物のツールではなかなか自分達の希望と顧客からの要望が合致しなくなってくる。
そうなると、HTMLのことを一から勉強することは必須で、なおかつ新たなページ作りをしていくことが必要と考えた。
例えば、旅行記風のコラムページだけではなく、オーダーメイド旅行プランを少しずつ作っては、ホームページにプラン例としてアップしていった。
ホームページでの案内のしかたは、会社それぞれだ。自分達の場合は、オーダーメイド型旅行の作り方からプラン例を掲載していったが、こればっかりは、どの会社も自分で考えていかなければならない。
旅行見積もり共同入札サイトの利用開始
一方、ちょうど前籍の会社を辞めて独立する時と同じくして、インターネット上で旅行のBtoCサイト「e-旅ネット・ドットコム」というサイトが、少しずつ旅行業界の中に浸透し始めてきた頃だった。
これは、旅行見積もりの共同入札プラットフォームのひとつ。サイト上に投稿された見積もり依頼に対し、当時1件あたり郵便代と同料金で、同時に複数の旅行会社が共同入札できるシステムだ。
依頼者は、入札してきた各旅行会社の見積もりから、自分の希望や予算に合った旅行会社を選んで契約することができる。
すでに、前籍の会社在籍中からその存在は知っていたので、
「これが自分達にとって新しい営業スタイルだ!」
と考えた。顧客分けをした顧客企業があるからと言っても、出来たばかりの小さな会社に業務渡航を依頼してくるとは限らない。このポータルサイトはそれを補うことはもちろん、
「待つだけの商売(ホームページ)」だけではなく、ネットで「攻める営業」ができるサイトだった。
すぐに会員手続きをすませた。これで、ホームページと「e-旅ネット・ドットコム」の新規営業、それに加えて以前からの顧客への営業、合計3スタイルでの営業体制が決まった。(注:のちに「e-旅ネット・ドットコム」は退会することになるが、それはまだ先の話)
さっそく、毎日「e-旅ネット・ドットコム」の見積もり依頼一覧をチェックし、自分の会社が案内できるものから、かたっぱしに画面上で見積もりを作成しては送信していく。
なにしろ、1件郵便代程度の料金だから、月100件見積もったとしても、たいした経費にはならない。その中から5件でも10件でも契約に至れば、そこそこの収益をあげられ、入札料金分は十分ペイできると考えた。
見積もり入札の際は、当社の基本理念「オーダーメイドとオープンプライス」にのっとって、航空券代〇〇円、宿泊は1軒ごとに〇〇円と個別に記載する。
その他送迎代、観光料金、鉄道料金など、旅行に含まれる素材全てを明示し、最後に合計と当社が収受すべき手配手数料を加算して、総見積もり料金とする。
しかし、見積もり記入欄には字数制限があったので、なかなか見積もり詳細全てを案内することはできない。そこで、時には依頼に対する概要となるような内容だけを記載し、詳細は依頼者から返信メールが来た際、詳しく案内するような方法も考えた。
1件見積もりを送信すると、運営会社からメールで、依頼者に見積もりを送った旨の連絡が届き、その中に依頼者のメールアドレスが書いてある。
これが重要な「財産」となる。
このメールアドレスの活用の仕方はさまざまだ。
返事が一向に来なければ、見積もりに何か不満があるものと考え、依頼者の希望を再確認するために連絡してみる。
また、会社によってはこのメールアドレスをもとに、メルマガ等を配信しているところもあると聞いた。だが、自分達は獲得したメールアドレスを、依頼者とダイレクトに連絡を取り合うツールに限定した。
メルマガよりは、ホームページを充実させて、そこにどれだけ多くの人が訪れるかに焦点を絞った。
初めての顧客獲得と収益率
それ以来、見積もり入札を日課として最初の顧客獲得に尽力した。
ところが、実際は「そんなに甘いものではない」ということを痛感した。
100件の見積もりのうち1割でも契約に至れば、という皮算用で始めた共同入札サイトだが、実際にはそんなに生易しいものではなかった。
入会後1か月ほどして、運営会社に他社の成約状況などを聞いたところ、多数の成約を挙げている会社でも見積もり送信に対する成約数は10%前後と聞いた。
それでも、開業から半月ほどして初めて受注を獲得した。依頼者は、スイスを中心とした鉄道一人旅の女性だった。
なにしろ、初めての顧客だから、何度かメールでやり取りしたのち「申し込みます」と連絡を頂いたときには、喜びも格別だった。
すぐに旅行契約の書類を作成し、それに基づいて手配を進める。手配もすべてインターネット上だ。
出発1か月前には、航空券やホテルバウチャー、レイルチケット、そして最終日程表を作成して最終書面一式を用意する。
最終書面は宅配便で送ることにしていたが、この顧客は手渡しを希望した。もともとSOHOスタイルを決めた時、インターネット中心の営業だから、カウンターは設置しないつもりだった。
しかし、この顧客のように。出発前に一度自分が依頼した旅行会社の担当者に会って「どんな人が自分の旅行を担当したのか」確認したい人もいることを、その時再認識した。
この顧客は、当社の最寄駅まで来られるということだったので、駅に近い喫茶店へご案内しそこで説明しながら書面一式を手渡した。
「果たしてこのやり方でよかったのか?提案した旅行で満足してお帰りになるのか?」
前に在籍していた会社では、数えきれないほど取り扱ってきたオーダーメイド旅行だったが、開業したばかりの、何の信用もない小さなSOHO旅行会社だ。たった数回のメールのやり取りで申し込んでくれた顧客に最終書面を渡した後、このように感じたのは不思議ではない。
自信をもって提案し出発してもらったつもりだったが、帰国メールを頂くまでは落ち着かなかった。
帰国予定日の数日後、詳細の報告メールが届いた。
全体的に満足して旅行を楽しんできたことや、手配したホテルについて「夜間の騒音が少々うるさかった」など、気づいたことを詳細に知らせてもらえた。
何のトラブルもなく、無事帰国されたことにほっとはしたが、その余韻に浸っている暇はない。
この1件だけでは、まだまだ自分達の給与をペイするだけの利益は出ていない。
個人旅行の粗利は1件だいたい15%前後、他業種と比べたらとても薄利だ。このような個人旅行を何十件も契約し積み重ねていかなくては、ポータルサイトへの入札料金も支払えない。
失敗しない旅行業はない
開業から15年以上たった今(執筆時)でも、失敗しない旅行業などあり得ないと実感する。実にいろいろな失敗をしてきた。
当たり前のことだが、
「失敗はするもの」
であり、だからこそ「同じ失敗はしない」という気持ちでいなければならない。
最初は簡単に稼げると考えた共同入札サイトであったが、皮算用は見事に外れた。
開業してたった1~2か月では、何も結果は出るわけがない。事業計画書に記載した売上計画としては失敗なのかもしれないが、細く長く続けることこそ、経営にとって必要だ。
会社経営についての致命的な失敗といえば、倒産または廃業だろう。
幸い、未だそのような事態には陥っていない。この先も様々なことが待っているだろうが、致命的な失敗だけは絶対にしてはいけない。
それ以外なら、むしろ失敗したほうが、会社経営には必要かも知れないと考える。
注)このはなしは、コロナ禍以前までのこと。世界的パンデミックを経験した今、旅行業の未来はまだ見えない。
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