SOHOで起業した旅行会社のはなし|12〜柔軟な会社運営
会社を設立して18年余り、出来る限り会社はスリムにし最低限必要で運営していく、それが自分なりのSOHOの基本だと思ってやってきた。
しかし、それには限界がある。
今回は、その限界の境界はどこで、その境界をどのように判断すればよいかについて、書いてみようと思う。
「餅は餅屋」の理論
誰もが一度くらいは、この言葉を聞いたことがあるだろう。何事においても、専門家に任せるのが一番、ということの例えだ。
サラリーマンだった頃は、この考えが、仕事におけるスタンダードだと思っていた。
特に旅行業は、旅行業法にも書いてある通り「自らサービスを提供するものではない」代理業だ。
実際にサービスを提供する、航空会社が提供する座席や、ホテルが提供する客室を、「代理」して予約手配し、それを「旅行」という目に見えない商品に形作って販売している。
だからよけい、さまざまな専門家に頼ることが多い。
しかし、会社を設立するときに「自分達で出来ることは自分達で」していこうと決めた。
なにしろ、起業するにあたって先立つものは心細い。その道のプロにお願いしたいのはやまやまだが、その都度費用がかかる。
それなら自分で調べてみて、「出来る」と思うものは、自分でやってみよう。
そう思い、設立時に自分達でやってみたことは、以下の通りである。
・会社設立時の登記書類作成
・定款作成
・旅行業登録申請
これらは通常、行政書士や税理士に依頼するものだが、昨今は起業する人も多いため、自分で出来る様ネット上にいろんなアドバイスやフォーマットが溢れている。
実際、自分でやってみて思ったことは、登録に関する書類はどれも、基本に忠実に書類を作成すれば何ら難しいことはなく、正直なところ「なんだ、こんなものか」と拍子抜けするものが多い。
つまりは「ペーパーワーク」の域を脱しないものだ。
会社設立後は、経理関連を自分でやってみた。今までこの記事のシリーズでも書いてきたが、毎日の伝票付けから勘定元帳、試算表作成、そしてそれをもとにした決算書類作成、そして確定申告書類だ。
経理については、単なるペーパーワークとはいかないが、あるがままに伝票をつけ、試算表で間違いを正し、それを決算書にしていくだけのことだ。
旅行業における「自分達で出来る」こと
総務、経理関連はある程度ペーパーワークで済むことだが、本業の旅行業務はどうか?
上述の通り、自らサービスを提供するわけではない旅行業で、何が自分達でできることかを考えた。
それがよくわかる一例を紹介しよう。
旅行会社が国内の旅館を手配する際、その手助けをする業者に、東京案内所(業界では「東案」と呼んでいる)というものがある。
電話での手配が中心だった一昔前、毎回地方にある旅館に直接電話していては、通信費は高くついた。それを抑えるため、東京を中心とした関東近県に「東案」が出来、複数の旅館や食事処のサービス手配を一手に引き受けていた。
旅館側も、より大きな「東案」に登録することによって送客が増えたので、旅館と「東案」は持ちつ持たれつの関係にあった。
海外の手配においても、同様のサービスがある。
ホテルによっては日本事務所があり、そこへ予約依頼をすれば、現地のホテルへ直接テレックスやファックスを送ることなく手配が出来た。
また「東案」同様、複数のホテルチェーンを一手に引き受ける日本事務所が、ひと頃はとても多かった。
しかし、これらの東京事務所や日本事務所の存在価値は、インターネットとメールの発達により薄れてきた。
毎月のプロバイダー料を経費として支払うだけで、いくらでも海外にメールを送ることが出来る。国内においても、ホテルや旅館宛にメールを送れば、東京案内所を通して手配する必要がない。
そして、会社設立時に自分達で何ができるかを考えた時、出来るだけこの類の「案内所」を通さない手配に務めた。
特に、現在当社が販売しているテニス観戦チケット、乗馬ツアー、セントアンドリュース・ゴルフは、直接現地に連絡を取って交渉し、取引を始めたものだ。
これらはいずれも、登記書類のようなペーパーワーク同様、いざやってみれば「なんだ、こんなものか」といった類のものが多い。
そして「案内所」のワンクッションがない分、何か問題が起きた時、すぐに直接連絡を取ることが出来る。
旅行サービスとお客様をつなぐとき、自分達に出来ることは
「手配の間にいくつものクッションを作らない」
ということだった。
プロに依頼すべきこと
では反対に、先立つものが心細いSOHO会社が、費用をかけてでもプロにお任せすることは何か?
旅行は、常に事故やトラブルがついてまわる。
たいていは楽しい旅行なのだが、不幸にも航空機事故や、バスや電車など交通系の事故のニュースを必ず聞く。
プロに任せなければならないことは、このように「安全」に関することだ。
大会社ならともかく、小さな会社が自分達だけで安全対策が出来るわけがない。
例えば、企画旅行には旅行会社の義務としての特別補償保険と、事故対策費用保険(この2種の保険を総称して「業者保険」といっている)がある。
また、旅行者へは、自身の安全のために任意の旅行保険に加入してもらうようアドヴァイスする。そして、その保険は航空サービスや宿泊サービス同様、旅行会社が独自で出来るものではなく、出来ないからといって無視できるものではない。
事故が起きた時の対策も、自分達だけでは出来ないことだ。
事故が起きた時に責任者が現場に赴き、同時進行で国内にてマスコミ対策、そして事故に遭われたご家族への対応など、社員数が少ないSOHOだけで出来るものではない。
それを補うために、所属している旅行業協会の下部組織が行っている「緊急重大事故支援システム」というものがあり、それに加入している。
いざというときには、専門のスタッフを会社に派遣してくれ、社員数が少ない箇所にその道のプロを配置してもらえる。
現在、旅行業協会は、日本旅行業協会(JATA)と全国旅行業協会(ANTA)の2つの団体がある。
当社は前者に入会したが、会費面を考えると、後者のほうがよっぽどリーズナブルだ。
ではなぜ、当社のような小さな会社が、あえて会費が高い前者に入会したか?
それは、まさに上述の「緊急重大事故支援システム」を利用するためだった。全国旅行業協会(ANTA)には、まだこのようなサービスがない。
小さな旅行会社が物理的に対応できないこと、そして安全に関すること、それが自分達でできるかどうかの境目だ。
安全こそ旅の基本
会社運営には、柔軟な対応が必要だ。
ペーパーワークで済むもの(主に総務・経理事務)や、旅行手配に関することは、自分達で行うことでコストを抑えられる。
また、旅行業における安全管理は、費用をかけてでもプロにお任せすることで「安心・安全」を守る。
そして何よりも、お客様に迷惑をかけず、旅行というレジャーを楽しんでもらえるものを提供する会社にすることである。
旅行業のような余暇産業は、不況の時にまっさきに需要が冷え込む。
だからこそ、常にお客様のことを考えてサービスを提供するには、「安全」というキーワードを忘れてはならない。
注)このはなしは、コロナ禍以前までのこと。世界的パンデミックを経験した今、旅行業の未来はまだ見えない。
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