練習をつづけること。
1週間の長野訪問がそろそろ締めくくろうとしています。
しめくくりの今日は、デザインフェロープログラムのプロデューサとともに、軽井沢に住む学部時代のメンターとその家族に会いにいきました(奥さんもいわばメンターであります)。同じ顔ぶれでは、一年ぶりくらいの再開。軽井沢の森の中にある小さなかわいいカフェ「緑友食堂」さんで、ヴィーガンだというとっても美味しいごはんをゆっくりいただきながら、この1週間を、この1年を、振り返りました。
20代から30代にかけては、自分が何でやっていくのか、どういう立場をとっていくのか、そういうのを決めていくプロセスだよね、という話をしていて。現場に行きたいのか、アカデミックな立場を取りたいのか、それともプロデューサなのか?どこを誰よりやりました、という看板を立てていくか。
それは、まさに私が普段自分について考えていることでした。いろんなプロジェクトをしていて、私は俯瞰して分析するのが好きだから研究が好き、でも現場にいくと本当にわくわくして学習者の顔をみると何より生きててよかったと思います。でも、やっぱりものづくりして、その意味とか文脈とか理解していないと、どこか足が地面についていないような感覚になる。そして「クリエイティブラーニング」に夢中になってからは、自分はこれの仕事を一生やっていけば幸せだと思えるくらいなんだけど、まだ誰か他の人の言葉をこっそり盗んでいるような感覚があって、「自分のもの」と言えるにはほど遠い。
でも、それは「ごく順調なプロセス」なのだそうな。看板というのは、ひとつを決めてじっくり取り組んで続けていくことで自然に立っていくもんなんだと。どんな自分のものでないことも、ずっと「練習」し続けていることで、誰にも勝てないツールになっていくのだと。U理論のOtto Scharmerも、Systems ThinkingのPeter Sengeも、私のメンターも、そうなんだよと。オフィシャルに学んで「プロ」のラベルをもっている人でなくても、日々ずっとそれを考えて、試して、練習し続けている人は、そこから真の意味での「プロ」になる。なるほどと思いました。そういう意味では、不格好だけど怠慢だけど、練習は毎日一秒一秒しているなと思いました。
最近リノベしたというメンターファミリーのドリーム・ホームを見せていただいた後、デザインフェロープロデューサのTさんと帰り道。こっから3年後に向かっていくには、やっぱりこの日々の練習を書き綴って、「自分はこれなんです!」ということを人に伝えていくことが大事だよねということを話しました。というわけで、眠っていたnoteのアカウントを引っ張り出し。ちょっとしか書けることがない日も、こつこつと書いていく習慣をつけたいと思います。
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